埼玉県戸田市。
JR埼京線を戸田公園駅で下車する。
時刻はちょうどお昼を回ったくらいで、天気も良好。うん、絶好の散歩日和だ。
改札を抜けて西口ロータリーの方に降りていくと、バスに並ぶ行列が見えた。
並んでいる人は皆一様に目線を下に落とし、じっと動かない。スマホを見ているのではない。細かい文字がびっしりと書かれた新聞に釘付けなのだ。
バスに乗り込んだ後も新聞から目を離そうとしないほぼ男性だけの集団を連れて向かうのは、BOAT RACE戸田。いわゆる「戸田競艇場」だ。
奥秩父山塊に源流を発し、埼玉を貫いて東京の下町から東京湾へと注ぐ一級河川・荒川。その名の通り荒々しい水害をもたらし、江戸の昔より繰り返された大工事を経て現在の穏やかな流れにたどり着いたこの川に接するように作られた公営競艇場だ。もともとは1940年に開催されるはずだった幻の東京オリンピックのボート競技のために開削整備された漕艇場の一部であり、その歴史は長い。
私は賭け事の方はまったくの素人で、競艇はおろか競馬競輪オートレース、パチンコパチスロ賭け麻雀に至るまでギャンブルの類はほぼやったことがない。種銭を大きく突っ込むという行為のドキドキがどうにも性に合わないらしく、まったく楽しめないタイプなのだ。
しかし公営ギャンブル場自体は大好物で、主にメシを食うためにたびたびやってくる。近所の沿線でいえば京王閣(競輪)と多摩川ボート、東京競馬場があるので、賭けもしないのにお金を払って場内に入り、串揚げやもつ煮定食を楽しむ。地方に行ったときなども近くに公営ギャンブル場がないかまずは一通り調べてみることにしている。
競艇場内は、真剣な表情でレースのモニタを見つめる勝負師たちの独特の空気感で満たされていた。騒がしいでも静まり返っているでもなく、なにかがピンと張り詰めた緊張感。すれ違う人の目付きがイカツくてつい大きく道を空けてしまう。実際はそんな恐ろしげな場所ではないのだが、熱気というか殺気というか雰囲気に飲まれて自然と肩に力が入ってしまう。
そんな小心な様子を見せまいと、努めてガニ股気味に体をゆすりながら向かうのは観覧席などがある建物の2階。1階投票所付近と比べると人が少ない隅っこのエリアにあるゲームコーナーだ。
主に男性客で占められてきた公営ギャンブル場は、時代とともにより広いターゲット、具体的にはファミリー層、カップル層を集客するための施策を打ち出してきた。CMには人気俳優を登場させ、ちょっとオシャレで面白い娯楽ですよ! 怖くないですよ! と盛んにアピールを繰り返している。
その一環として、舟券を購入する以外の娯楽としてゲームコーナーに注目された時代があった。
“あった”と過去形なのは、ご多分に漏れずそのほとんどが消滅しているから。
BOAT RACE戸田はいまだにゲームコーナーを残している貴重なギャンブル場なのだ。
通路側には『太鼓の達人13』(ナムコ/2009年)とクレーンゲームを配置して、ゲームコーナーであることがはっきりわかるアピールをしている。「太鼓」は子供が遊びやすいように踏み台まで用意されている周到さ。
中に入るとアストロシティが背中合わせに6台並んでおり、『コラムス』(セガ/1990)『おてなみ拝見』(サクセス/2000)『将棋の達人』(SNK・ADK/1995)とベテランの先輩方に向けた渋めなタイトルで固められている。レースの合間の暇つぶしとしては最適だろう。
アストロの裏側に回ると『麻雀ホットギミック インテグラル』(彩京/2001)『ファイナルロマンスR』(ビデオシステム/1995)『スーパーリアル麻雀P7』(セタ/1997)と脱衣系麻雀ゲームが並ぶ。場所柄でいえば実写・写実系ではなくアニメ系であるのは少々意外かもしれない。そして、脱衣麻雀ゲームの画面が通路側からは見えないよう置かれているのは、ファミリーにもプレイヤーにも気を配った心憎い配慮といえる。
他にもアミューズメント仕様のパチスロ・パチンコは客との親和性も高く人気のようだ。競艇場でパチンコをするという機会は意外とない気もする。
さらにクレーンゲームやエアホッケーなどカップル向けの機種も充実しているし、隣のブースにはキッズライドも数多く取り揃えている。また、景品ガチャの景品はフィギュアやぬいぐるみなど年齢層低めのファンシーなものを揃えていた。こういう場所だとアダルト小物とかセンスのないポーチとかおざなりな景品が入りがちなのだが、ここは硬軟きっちりと客層を見定めたラインナップで正直ホッとする。
ゲームコーナーの隣には、競艇のボート型に作られた筐体に乗り込み、VRゴーグルを着けてレース体験ができる「BOAT RACE VR スプラッシュバトル」なるVRコーナーまである。筐体前方には水面を切って疾走するボートの風と水しぶきを体感するためのサーキュレーターが2基も装備されている。迫力のサウンドを体感するスピーカー、プレイヤーだけでなく観客も楽しめるよう大型モニターも備えた本格派だ。
なんとオンライン対戦ができるノーマルモード、難易度低めのイージーモード、VRゴーグルを使用しないキッズモードが用意されている。そのうえ無料とあってはやらない手はないところなのだが、私はこういう街頭設置型VR体験が本当に気恥ずかしくて、ずっと気になりつつもいまだに体験できていない。今度行くときは勇気を出して乗ってみようかしら。
とりあえずゲームコーナーを一通り堪能したところで、次はギャンブルメシいってみよう。
ここBOAT RACE戸田には、私が最強の“早・安・美味”ではないかと睨んでいる逸品がある。3階フードコートにあるお店「VARIETY FOODファイン」の“もつ煮スープ(小)とおにぎり”がそれだ。
もつ煮スープはその名の通り、もつ煮を作る際に同時に生成される汁をなんかしらの製法でアレして紙コップにただ注いだだけのもの。見た目のシンプルさからはあまりそそられないが、これが抜群に美味い。一口すすってみるとよく煮込んだもつ煮の複雑で豊かな味が広がり、同時にその絶妙な塩味によりおにぎりを頬張りたくなるという寸法だ。
あとはそのまますすっては頬張るを無心で繰り返し一瞬で完食してしまう。満足感は高いものの無性におかわりしたくなる強い中毒性も持っている。
他にも食べたいメニューはたくさんあるので一旦はグッと堪えるのだが、フードコートを一周して戻ってきたら結局フラフラとファインに向かってしまうのであった。
もつ煮スープ(小)120円とおにぎり120円の計240円で味わえる最強の幸せ、ぜひご堪能あれ。
ギャンブルメシあるあるで「レース終盤になるとセールが始まりがち」というのがある。レース開催日が限定的であるがゆえに調理品を保存しておくことができず、すべてを売り切りたいがために行われる措置だ。戸田もだいたい14時前後からフードコート入口前で揚げ物類の値下げセールが行われる。
そこを狙ってアジフライをいくもよし。
2階にある売店「ことぶき」のボリューム満点のサンドイッチを持ち帰りにするもよし。
売店数が多めの戸田競艇場はそんな楽しみ方もできる。
結局今日も賭けはしなかったが、すっかり満足した。
水面を猛スピードで滑るように滑走するかっこいいボートも見られたし、なかなか日常では垣間見ることのできない世界がそこにはある。休日の過ごし方としては万人にオススメしたいスポットだ。
入ったときとは逆側の出口から競艇場を出て、笹目川沿いを北上するように歩く。競艇場とも繋がっている静かな川面にキラキラと太陽光が反射して思わず目を細め、大きく伸びをする。なんというかやっと元の世界に戻ってきたなーという不思議な安堵感。
15分ほどのんびりと歩くと、車が行き交う通り沿いにポツンと小屋が現れる。小さなコインランドリーだ。その片隅に置かれているのが、見るからに古びたテーブル筐体。
全体に経年劣化が進み、サビで赤茶けてきている。
レバーのボールはすでに無くなり、隣の発射ボタンはかろうじて押せる程度だ。
天板のガラスは割れていないものの、劣化の浸透がジワジワと広がっているのが見てとれる。
左右に貼られたインストラクションカードは『ギャラガ』(ナムコ)。オリジナル品かコピー品かはもはや調べようもない。
コインシューター側を壁に向けて設置してあるのは、今はもう動かないことを暗に示している。
それにしてもこの味わいの深さはどうだろう。
アーケード版「ギャラガ」の発売は1981年。発売直後ではないにしても、テーブル筐体全盛期から1980年代後半のどこかで搬入されたと見るのが自然だと思われる。
最初の頃は洗濯乾燥を待つ人が暇つぶしにプレイしていたのだろう。やがて故障して動かなくなると、乾燥が終わった洗濯物を袋などに入れるために使われる普通のテーブルとして活用されることになったと想像される。
来る日も来る日もこの場所で洗濯客を眺め続けて、気がつけば40年ほどか。
昨今、テーブル筐体が見直され、リメイクによって再び活躍の場を与えられる筐体もあったりはするがそれはほんの一部だ。大部分は資産として保持する価値もないと判断され、処分されてしまった。産業製品にとっては当たり前に辿る宿命だ。
コインランドリーの片隅で役割も曖昧なまま存在し続ける古ぼけたテーブル筐体に、勝手に己の姿を投影して勝手にセンチな気分になる。
このコインランドリーはかつて、一本木浴場という銭湯の付帯施設だったらしい。いろいろ調べてみたところ、ある写真からこの銭湯の男湯脱衣所にもテーブル筐体が1台あったことが確認できた。
銭湯が閉業してから20年ほども経つのでいまさら言っても遅すぎるが、営業しているうちに一度は来てみたかった。
自宅にお風呂があるのは当たり前になった時代でも、コインランドリーが重宝され続ける理由がどうにもよくわかってはいない。それでも、ここに『ギャラガ』があり続けてくれるなら、理由なんてなんでもいい。そう思いながら沈みゆく夕日をぼんやり眺めた。
過去の記事はこちら
BEEPの他の記事一覧はこちら