神奈川県川崎市多摩区。
これが掲載されるのは2025年1月なのでいささか季節は遡るのだが、昨年の夏は死ぬほど暑い上に異常に長く、7月から9月の間の散歩がほぼストップした。引きこもり同然に家に居座り続けた結果、深刻なほどに体力が低下する事態となってしまった。ゴミ捨てに行くだけでハァハァ言うようじゃ普通の社会生活もおぼつかない。10月に入り、少しは気温も落ち着いてきたので(それでも半袖で十分だったり)、ちょっとハードめに散歩してみようと文字通り重くなった腰を上げた。
JR南武線の中野島駅改札をくぐり、空を眺めると明るめの曇天。太陽が出るとまた暑くなるので、ベストなコンディションといえるだろう。今日はここを起点にざっくり8kmくらいの散歩コースを作成した。いつもどおりあちこち寄り道しながらのダラダラ散歩なので4時間くらいだろうか。身体は鈍っているが久しぶりの散歩に気分は踊っている。
南武線はわりとよく使う路線だが、中野島駅で降りたのはこれが初めて。隣を稲田堤駅と登戸駅に挟まれたこの小規模な駅で降りる理由が特に見当たらなかったからだ。だが、今日の散歩の目的地を繋いでいったら、この駅からのスタートが最適であるという結論に至ったのであった。
散歩といいつつ1軒目はいきなり腹ごしらえから。
引き戸をガラガラと開けると開店してまもない店内では数組のお客さんがすでに食事をしていた。左右を見渡してから靴を脱いで小上がりへあがり、奥の方の席を陣取る。壁にかかったランチのメニューをよくよく確認してから注文した。
ここ「とんかつ やまと」はその名の通りとんかつなどの揚げ物がメインのお店だ。しかしメニューを見ると魚介料理、盛合せから始まり、とんかつなどの肉料理は一番最後に書かれている。壁にかかったメニューにもヒレカツなどに混じって“刺身”という文字がやけに目立っている。
実はこちらは、とんかつ屋さんでありながら刺身も美味しいお店なのだ。壁には釣り竿や魚拓が飾られているところを見ると、ご主人の趣味が本業を侵食していったタイプかもしれない。
運ばれてきた刺身定食はカツオやカンパチ、サーモンと盛りだくさん。私は刺身でご飯をグイグイいきたくなる欲求が突然襲ってくることがあり、そんな時には重宝するお店なのだ。
そして最大の特徴は“お刺身のおかわり”が一回できること。この日のおかわり刺身はヒラソウダ。あまり大量に流通するわけではなく、少なくともとんかつ屋さんではまず出てくることがない魚だ。スズキ目でありサバ科でありソウダガツオ目という結局のところなんの仲間だかよくわからない魚でもある。だが、やや酸味のある赤身は滋味のある旨味にあふれていた。
刺身のおかわりをするには、刺身の乗った皿を空っぽにしないといけないのがここのルール。そこにご飯のおかわり(有料)が絡んでくると、タイミングと量の見極めの難度があがる。今日はご飯を頼むタイミングを誤り、少量の刺身でおかわりご飯を賄わなければならない事態に陥ってしまった。次回はそのあたりを完璧に計算して食べきりたい。いや、次回こそはヒレカツ食べなきゃだな。まぁ、とんかつと刺身の盛り合わせもあるし……などと早くもリベンジに思いを馳せつつ、お店をあとにし散歩を再開する。
ここから南東の方面に住宅街をうねうねと歩いていくと、すぐに次の目的地に着いてしまった。今のところあまり散歩をしている実感がない。
『東京バッティングセンター NO.3』は、バッティングマシンとオートテニス、卓球台にテニスコートの貸出などを行っているスポーツ施設。生まれてこのかたスポーツとは縁遠い私だが、バッティングセンターを見かけると立ち寄ることにしている。バッティングセンターもまたゲームコーナーの併設率が高い施設だからだ。
私が小中高と過ごした実家近辺でビデオゲームが遊べる場所は年を経るごとに少しづつ変化していったが、最終的には新潟大学の近くのバッティングセンターがホームとなった。
1984年の風俗営業法改正により、ゲームセンターは風俗営業8号営業(現在は5号営業)に指定され、深夜12時以降の営業が規制された。未成年の入場時間も定められたことで、ゲーセンでダラダラと過ごす至福の時間も制限されることになってしまった。
1984年(施行は85年から)といえば、「ドルアーガの塔」「パックランド」「ギャプラス」などが発売されたナムコ黄金期の真っ只中であり、他メーカーもこぞって新作を発表しまくっていたゲーセン興隆期だ。まだ中学生でお小遣いが少ないためほとんどプレイはできないのだが、それでも足繁くゲーセンに通っては人のプレイを覗き見し、その雰囲気を存分に楽しんでいた私はすっかり打ちのめされた。
そんな傷心の私を癒やしてくれたのが24時間営業のバッティングセンターだったのだ。バッセンは風営法対象ではなく、ゲーム機が置かれていても幾つかの条件をクリアしていれば24時間の営業が可能となっていた。当時はそんな詳しいことまで知りようもなかったが、とにかくいつでもゲームのそばにいることができるバッセンは文字通りの拠り所となっていた。
早朝はさすがに誰もいないため照明が落とされており、薄暗い中でモニタだけがボーッと光るバッセンのゲームコーナー。時折鳴り響くアトラクトデモの音に包まれながらウットリとするという一風変わった少年に育っていった。そんな幼い頃の強い刷り込みもあり、“バッティングセンター=ゲームセンター”という認識がいまだに抜けきらない。
パーン! というバッティングの快音が耳に飛び込んでくる。結構な人数がバットを握りしめ汗を流しているようだ。
投球速度ごとに分けられたバッティングケージの手前のロビーにゲーム機が見えた。「太鼓の達人11」とプライズ機「料理の達人2 包丁の達人」というナムコ“達人シリーズ”がそろって並べられていた。
「料理の達人2 包丁の達人」は2001年8月発売。第1弾は中華鍋を振るアクションをゲームに落とし込み、第2弾となる本作では包丁技を競うゲームとしてリリースされたが、さすがに料理というモチーフだけではアクションに限界があったためか廃れてしまったシリーズだ。隣の「太鼓の達人」はその後も順調にシリーズを重ね、私が個人的に“ゲームコーナー三種の神器”に数えるド定番タイトルとなった。ちなみに三種の神器残りの2タイトルは「マリオカート」と「ワニワニパニック」だ。
本日初のゲームに触れて満足し「東京バッティングセンター NO.3」を出ると、再び散歩に戻る。さらに南に向けて進んでいくが、この辺りから多摩丘陵の東端で桝形山・飯室山を内包する生田緑地を抜けることになる。次第に上り坂が増え勾配もキツくなり、それまでの住宅地から木々の生い茂る峠のような雰囲気へと変化していく。すぐに息が切れヒイヒイ言いはじめるが、とにかく歩いて前に進む以外の選択肢はないので、奥歯を噛み締めジワジワと足を運んでいく。しっかり汗もかき始めやっと運動らしくなってきた。
30分以上をかけて次にたどり着いたのは、生田緑地の端っこにある『東京バッティングセンター PART.3』。さっき寄ったのが「東京バッティングセンター NO.3」でここは「PART.3」。調べてみたところ経営母体は同じようなのだが、なぜ“NO.”と“PART.”を混在させているのかは不明だ。そして見当たらない“1”と“2”はどこにいった?
こちらは「NO.3」より少し広めで、バッティングセンターの他にもビリヤード、カラオケ(休止中)、釣り堀まである。そしてもちろんゲームコーナーも健在だ。「電車でGO!2 高速編」(タイトー)、「太鼓の達人8」(ナムコ)、「石ちゃんのグルメパニック」(ホープ)、アストロ筐体には「メタルスラッグ5」(SNKプレイモア)が稼働していた。1993年発売の反射神経テスト「タッチでギャー」(コスモスエンタープライズ)もなかなかシブい。
バッセンのゲームコーナーで基板モノが稼働しているのを見かけるとなぜかホッとしてしまう。野球人気の低迷に伴ってバッティングセンターも年々その数を減らしているが、客足が減っているのに経費をかけられないという理由からゲームコーナーのマシン撤去もまた相次いでいるのだ。関東近県のバッティングセンターを調べては訪れたりしているが、かつてはそれなりに置かれていたであろう痕跡だけを残して、きれいさっぱり撤去されてしまったバッティングセンターは一軒や二軒ではすまない。
せっかくなのでここで「電車でGO!」をプレイしてみることにした。
すっかり塗装が剥がれ、鉄がむき出しとなったマスコン(マスター・コントローラー)は、使い込まれた実車両のそれのような風合いが生まれていた。廃業が相次ぐバッティングセンターに、廃線が続く鉄道路線。そんな滅びゆくものへのロマンがどこかで交差していく。
ここからは多摩丘陵を下り、その先にある東名高速をくぐって東急田園都市線の方面へと向かっていこう。上り坂のダメージも抜けきってはいないので、途中にある川崎市中央卸売市場北部市場あたりで小休止していきたいところだが、いまの時間だと飲食店が営業してるかどうかは怪しい。休息は断念し、ハフハフと息が上げながらも田園都市線・宮前平駅の手前までたどり着いた。
宮前平駅の前を通る尻手黒川道路沿いにあるのが、本日の最終目的地、BEEP宮前平店だ。
BEEPは秋葉原店がやたらと目立って活発なためあまり知られていないかもしれないが、ここ神奈川県川崎市宮前区に宮前平店を営業している。まぁ、こちらの店舗は販売は行っておらず、買取専門の店なので気づかないのも無理はない。
買い取り品目はゲーム、パソコン、デジタルガジェット、AV機器からトレカ、ミニカー、玩具、フィギュアと趣味ホビー系が中心。BEEP店頭での買い取りはココと東京・秋葉原店、埼玉・羽生本店の3店舗で行われており、販売は秋葉原店のみという形態でやっているのだ。
実のところ、BEEP宮前平店はいつものようにGoogleマップをボンヤリ眺めていた時に偶然発見した。存在自体は頭の片隅にあったのだが、正確な所在地を気にしたことがなかったのだ。たまたま見つけて、地図をアレコレ俯瞰していたら今日のコースを思いついた……というのが正直な真相だ。
そんな理由でなんのアポも取らずに突然やってきて、すみませんコレコレこういう者ですが……と捲し立てられた店員さんの困惑は如何ほどであったろう。「あらかじめご連絡いただければ……」と物腰柔らかに牽制されつつも、にこやかに対応していただき感謝。
ついでに言えば、このエッセイの担当者にもこの件については何も伝えてはいない。よって仕込まれた宣伝ではなく、あくまで私の自主的な宣伝行為であることはお断りしておきたい。
『行こう! BEEP宮前平店!』
今日のゲーム散歩はこれにてゴールなのだが、せっかくここまで来たので隣の宮崎台駅そばにある「電車とバスの博物館」をブラリと覗いてみたところ、いい具合に味の出ている本物のマスコンに出会ったことも最後に記しておこう。
今年もゆったりと電車に乗って、たっぷり散歩をしたいものだ。健康のためにも。
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