京都府京都市北区。
昨日までは晴天に恵まれ、10月だというのに長袖では暑いくらいの日差しだったが、今日は朝から雨模様。大阪梅田から阪急電車に乗りこみ京都へと向かう途中で、なんとなく肌寒いかなと感じた瞬間に「あっ!」と気付いた。昨日泊まった梅田のラブホテル「ラヴィアンソフト 梅田」に長袖のパーカーを忘れたのだ。できるだけ荷物を軽くするため持ってきた長袖はパーカーのみで、あとはTシャツを替えることで凌ぐという基本戦略が裏目に出た。
引き返そうかとも考えたのだが、今晩も大阪に戻って宿を探す予定だったので、明日取りに行けばいいかと早々に諦め、そのまま進むことにした。
やってきたのは、純喫茶ファンの間でつとに有名な『喫茶 翡翠』。
向かいの席では私の姉の息子、すなわち甥っ子がモーニングのトーストをパクついている。
烏丸駅で落ち合った京都在住の甥に、事前に「テーブル筐体がある喫茶店に行きたい」とリクエストしたらこのお店をチョイスしてくれていた。彼は純喫茶よりも洒落たカフェが好きなタイプで、このお店も知ってはいたが来たことはなかったという。
モーニングを運んできた店員さんにお願いして、テーブル筐体の電源を入れてもらう。インストラクションカードがなかったので、何の基板が入っているのかが気になったのだ。
しばらくすると『HOT・B』のロゴが出て、「スーパー上海 ドラゴンズアイ」(1992)のタイトル画面が映し出された。
「上海」はマッキントッシュ用に開発されたパズルゲームで、シンプルでありながら恐ろしいほどの中毒性を持ち、様々なマシンに移植された名作。ホット・ビィは、アメリカのアクティビジョン社が1990年にPC用として開発した「ShangaiⅡ Dragon’s Eye」をPC-9800シリーズ用として移植を行った。さらにFM-TOWNS、PC-8800シリーズ、X68000、MSX2に次々と移植し、ついにはスーパーファミコン版も発売。その同年にリリースされたのがアーケード版の「スーパー上海 ドラゴンズアイ」という流れだ。
もちろんそんなウンチクを彼に説明したりはしない。せっかく電源を点けてもらった「上海」をするでもなく、ただ黙々とモーニングを食べるだけ。
甥は京都の大学を卒業後、一般の会社に就職した。働き始めてしばらくするとコロナ禍により日本中が大停滞してしまう。そのとき何を思ったか、突如としてゲーム関連の仕事へと転職したのだ。おっとりしていて自己主張も控えめ、安定を好むかに見えた彼の唐突な転身に、家族は大いに動揺した。
別に私が啓蒙したワケでもなんでもないが、『ゲームセンターCX』のDVDを買い集めたり、「スプラトゥーン」にハマって、なにやら大会にまで出場しているとは聞いていた。
しかし、まさか転職先がゲーム系になるとは家族の誰も想像しなかったし、彼にとって祖母である私の母にいたっては「せっかくちゃんとした仕事に就いていたのに……」とひときわ渋い顔をしたものである。母のゲームアレルギーがそもそも私のせいであることは自覚しているが、やりたい道に自らの意思で進む決意をした甥を、私は誇らしく思っていた。ましてやそれがゲームに関わる仕事であればなおさらだ。
まだ雨が降り続く中、烏丸線北大路駅へと戻りそこから電車に乗る。そのまま南下して十条駅で下車。数分ほど歩いて見えてくるのが、任天堂本社だ。
現在の本社は三代目で、初代は京都市下京区正面通加茂川西入鍵屋町にあった。この場所は、2022年に建物のリニューアル工事を行い、元々の社名を冠した『丸福樓』という名のホテルが開業している。任天堂ファンなら一度は宿泊してみたい憧れのホテルだ。
二代目本社は京阪本線鳥羽街道駅の線路脇にある現・任天堂 京都リサーチセンター。工場と本社とが集約され、2000年に移転するまで花札・トランプから玩具、業務用ゲーム機器、家庭用テレビゲーム機を次々と開発していった場所だ。ファミリーコンピュータを大ヒットさせて宇治市に宇治工場を稼働させると、そこから世界の任天堂として大きく羽ばたいていくことになる。
そして今、目の前にあるのが京都市南区上鳥羽鉾立町にある任天堂本社・三代目。
日本のゲームファンでこの会社のお世話になったことがない人はいないだろう。私が一番最初に任天堂の名を意識したのは『光線銃シリーズ』だった。ピストルの形をした光源でターゲットを狙い撃つと、何らかのアクションが起こるという玩具がちょっとしたブームになった時期があり、ねだって買ってもらったのが「光線ピピ タイガー」だった。命中すると光と音で知らせてくれるこの商品、実は任天堂ではなく玩具メーカー・増田屋の製品だ。
小学生低学年では、どこのメーカー製か気にするはずもないのだが、のちに任天堂も同じような商品を出していたことを知り、なんだか惜しかったな……と思った記憶がある。ファミコン買って! とねだる子どもにお父さんがカセットビジョンJr.を買って帰ってしまうアレっぽいな、と思ったりもした。
そんな回想を脳内で繰り広げながら嬉しそうに建物の写真を撮りまくる叔父に、このあたりで仕事をしていたということで案内してくれた甥は冷静な声で、「ここは本社開発棟で、本社はあっち」と反対方向を指差す。振り返るとビルの向こうにもチラッと任天堂のロゴが見えた。え、向こうのアレが正しい本社?
おまえ……知ってて泳がせたな? と思ったが、ぐっと飲み込んだ。
その後、伏見桃山で昼食を摂り、向かったのは近鉄京都線小倉駅。
今回の関西遠征最大の目的地『ニンテンドーミュージアム』は、先程少し話題に出た宇治市の任天堂宇治工場跡地に2024年10月2日に開業したばかり。任天堂に関する歴史的な資料展示と体験型の遊びが楽しめる博物施設として、注目を集めている。
今年8月の「ニンテンドーミュージアム Direct」配信で施設の詳細が発表となり、同時に入館予約の受付が開始された。京都に住む甥とLINEでそのことをつらつら話していた際、じゃ試しに申し込んでみっかということになった。初回抽選は殺到するに決まってるので、ダメもとのつもりで2人がかりで申し込んでみたところ、なんと甥のほうが運良く当選してしまった。
せっかくニンテンドーミュージアムに行くのであれば、他の気になる関西ゲームスポットも巡ってしまおうと、大阪に前日前乗りしてから京都にやってきたというのがこの旅の経緯だ。
満を持して、みたいな構成にした手前少々恐縮なのだが、ミュージアムの内容を事細かに紹介をするつもりはない。もっと熱量の高いレビューがネットにはわんさか上がっているし、できれば実際に訪れて新鮮に体験をしてもらうほうがいいだろう。
私ももう少し落ち着いた頃にもう一度じっくり、丸一日時間をかけて隅々まで舐めるように見て回りたい欲求にすでに駆られている。特に2階は撮影禁止のため目に焼き付けるしかないので十分な時間が必要なのだ。
ひとつ注目ポイントを挙げるなら、商品展示が異常なまでに充実しているのはメーカー主導だから当然とは言えるのだが、一品一品がおそろしく美品ばかりなのは度肝を抜かれた。「ドンキーコング」「マリオブラザーズ」などのアーケードアップライト筐体も展示されているが、すべてが未使用品かと思えるほどの美しさだ。この点だけでも任天堂という会社の姿勢を強く象徴しているようで、自然と背筋が伸びる思いがした。
そして、1階は巨大なファミコンやスーファミのコントローラーでゲームをプレイできたりする体験型の展示が中心だ。ここは写真撮影が可能となっている(一部不可)。
デカコンでのプレイには行列ができていたが、印象としてはスーファミが一番人気。ファミコン、NINTENDO 64がそれに続き、Wiiの人気がやや低め、そして一番人気がないのがバランスWiiボードだった。もっとも、行列の長さはプレイ時間の長さとも比例するため単純な人気の差とも言えないかもしれない。プレイしている姿が一番面白いのは、やはり巨大Wiiリモコンだろう。
2人でコントロールとジャンプ・アタックを担当することになるので、しっかり楽しむにはぼっちよりは最低2人で来場すべきだと思う。普段、スーパーぼっちの私が言うのもなんだけど。
明らかに興奮してキョロキョロとハイ状態な叔父と、楽しいんだかそうでもないんだか表情を見せないクールな甥っ子という凸凹コンビで「ラブテスターSP」をキャッキャしながらプレイしたり、全身「ゲーム&ウオッチ ボールSP」を体感したりと、興味深い展示とともに存分に堪能した。
分解されたゲーム機のコントローラーをレイヤー構造で見せる展示などを眺めていた時、そういえばと思い出したことがあった。昨晩泊まった「ラヴィアンソフト 梅田」のテレビの下に“GAME BOX”と書かれた引き出しがあり、なんだろうと開けてみたところ……
真っ赤なNINTENDO 64のコントローラーが入っていたのだ。
大阪と京都、ラブホテルとニンテンドーミュージアムという2つの異世界で、2日連続懐かしの64コントローラーとご対面することになるとは、つくづくゲームに沼った人生だな。知らんけど。
ミュージアムショップでは、話題のデカコントローラークッション……はこのあとの道中の邪魔になるので見送り、ミュージアムデザインのハンドタオルやキーホルダーなど小物をいくつかチョイス。心地よい疲労感をカフェ「はてなバーガー」のスペシャルドリンク“ピーチ&チーズ”で癒やした。
4時間ほどぐるぐる見て回ったが、まだ全然見足りない。やはりこれはまた来なければなるまい……と固く心に誓って、ミュージアムをあとにする。
これから大阪に戻って今夜の宿を確保する必要があるのだが、その前にもうひとつだけやらねばならないことがある。
ニンテンドーミュージアムからも歩いていける小倉駅からJR奈良線に乗り六地蔵駅で下車。しばらく歩いて到着したのは、京都市伏見区桃山町にある「MOMOテラス」というショッピングモールだ。
そこで営業中の『GiGO MOMOテラス京都伏見』の中をズンズンと進んでいく。そして迷うことなく男子トイレの中に……。
あった! 『トイレッツ』(セガ/2011)!
「溜めろ!小便小僧」が1台だけ設置されていた。昨日の大阪では空振りに終わったが、京都ではヒットだ! とばかりにニヤニヤと写真を撮りまくる叔父を見つめるクールな甥。まぁせっかくなんで、とトイレッツをプレイして「……これだけ?」と呟いたのを私は聞き逃しはしなかった。
彼の母、つまり私の姉にこのことだけは話してくれるなよ……と願うばかりだ。
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