【第37回】兵庫県尼崎市「栄町銭湯」~大阪府大阪市「龍美温泉」など

兵庫県尼崎市東園田町。

今いる阪急神戸線園田駅前から、阪神本線の杭瀬(くいせ)駅に行くにはどうするべきか。
地図を見ると、大阪方面から淀川を越えて北上してくる阪急神戸線、JR線、阪神本線の3線が神戸に向かって同じような角度でカーブを描いている。このあたりはその3戦が途中で交わることなく横方法を平行に進む区間に当たるため、縦の移動が少々不便なのだ。
東京で例えるなら「西武池袋線の富士見台駅からJR荻窪駅まで移動するためのベストルートは?」という問いが近い。地形的な相似を考えればおそらく……と調べたらやはり縦を貫くバスが走っていた。運のいいことに発車時刻もすぐだ。

バスで南下する途中にJR尼崎駅を経由してから阪神本線の杭瀬駅の手前で下車。
ちょうど兵庫県と大阪府の県境にあたる杭瀬駅周辺は、商店街が充実していることでも知られている。

杭瀬北市場その1です
杭瀬北市場その2です

駅の北側には6つの商店街と3つの市場があり、そのどれもが懐かしさに溢れたレトロ商店街で、商店街好きとしては見逃せないスポットだ。ちょっと小雨が降り始めたが、屋根のあるアーケード街なのでお散歩にも最適。
“昭和ショッピングロード”“杭瀬1番街商店街”“杭瀬栄町EAST商店街”“栄町商店街”へとリレーしていく最も長い通りをひたすら歩いていく。ご多分に漏れずシャッターが目立つ寂しい雰囲気となってしまってはいるが、そこに刻まれた歴史の断片をそこかしこに見ることができるのも楽しい。そして、栄町商店街の一番奥にやがて見えてくるのが兵庫県尼崎市の『栄町銭湯』だ。

栄町銭湯の写真です

広々とした玄関と脱衣所を通って浴室に入ると、ズラリと並んだ浴槽に関東では見たことのない不思議な“立体感”を感じる。一番奥の角にある一人用の小さな円形の浴槽はここの名物で、ボタンを押すと水流が浴槽に沿って回転し、中にいる人もグルグルと回り始める。これぞ“人間洗濯機”だ。他にもちょっと手を浸けただけでビリっと刺激の強い電気風呂など、ややクセ強めだが気持ちのいいお湯の数々をたっぷり堪能してからお風呂からあがる。
番台でコーヒー牛乳を購入し、パンツ一丁で眺めるのは、脱衣所に置かれたミニアップライト筐体とテーブル筐体。
青いミニアップライトには「麻雀ファンクラブ アイドル最前線」(ビデオシステム/1989)のインストラクションカードが貼られている。この頃のビデオシステムは「アイドル麻雀放送局」(1988)、「麻雀夏物語」(1989)など、実在のアイドルをモデルにした女の子が登場する麻雀ゲームを連発していた。肖像権なんぼのもんじゃい! と言わんばかりの劇画調リアルグラフィックだけでなく、BGMもほぼそのままズバリのアイドルソングを流しており、当時のおおらかさを垣間見られる一作だ。

ゲーム筐体の写真です

そして、テーブル筐体に入っているのは「X-MEN VS. STREET FIGHTER」(カプコン/1996)。「エックス・メン チルドレン オブ ジ アトム」(1994)、「マーヴル・スーパーヒーローズ」(1995)というマーべル版権の格闘ゲームの流れを汲み、本流である「ストリートファイター」シリーズとクロスオーバーした記念すべきタイトルだ。
“ゲーム銭湯”に置かれたタイトルとしては新しめで意外性のある作品と言えるだろう。90年代後半の格闘ゲームは成熟期を越え、より先鋭的によりマニアックに進化を続けていた。別の言い方をするならば、銭湯のメイン客である年配の方の手に負えるような内容ではなくなっていたはずなのだ。
そう考えるといきなりこれが入荷したのではなく、「ストリートファイターⅡ」(1991)から始まり、「ヴァンパイアハンター」(1995)あたりでしっかりと格ゲーの基礎を踏まえたうえでここまで到達したのではないか。そしてその隣では、スケベそうなおっちゃんが工藤静香(偽)を脱がせるためにアツくなっていたのではなかろうか。そんなカオスな妄想を膨らませた。
現在のところ、麻雀コンパネのボタンは下に脱落しかかっておりプレイできる感じではない。テーブル筐体のレバーもボタンもかなりシブくなっていて、長らくメンテナンスしていないことが伺えた。今でこそちょっとした荷物置き場のようになってしまってはいるが、かつての熱気を偲ばせる、実にいいゲーム銭湯だ。一枚だけ写真の許可をいただき、お礼を言ってから外に出た。

体も心も綺麗さっぱり満たされて夕暮れはじめた商店街を戻り、杭瀬駅に向かう。
このあたりには気になる関西銭湯が数多く存在しているので、またいつか銭湯旅行で訪れてみたいと思っている。

杭瀬駅から大阪梅田方面の列車に乗り込み、わずか3駅の淀川駅で下車する。
改札を出てみるとほとんど人影が見当たらない。お店の一軒も見えないし住宅街というわけでもないだいぶ淋しげな駅だった。頭上には阪神高速3号神戸線がかかり、駅前は現在工事中ときているから余計にうらぶれた感じが全開で、駅を間違えたかと少々動揺したりした。
すぐ脇を流れる淀川沿いを東に歩いていく。日も暮れかけて気温も落ち着いたようで、風呂上がりの散歩としてとても心地がいい。しばらくすると、どこからか祭りの摺り鉦の音が聞こえてきた。道を曲がると神社が現れ、どうやら今日はそこのお祭りの日のようだ。人々がぞろぞろと神社に向かっていくのに惹かれるように同じ方向へと歩いていく。実は、その八坂神社のすぐ脇にある大阪市福島区の銭湯『龍美(たつみ)温泉』が次の目的地だったのだ。

龍美温泉の写真です

まさかの銭湯二連発。本当はせっかくの風呂上がりで気持ちよくなってたところなので、リセットしてもう一回入浴というのはあまり気が進まないのだが、ルート上どうしてもそうせざるを得なかったのだ。
カウンターで大阪の入浴料金520円を支払って脱衣所に進む。ちなみに、さきほどの栄町銭湯の入浴料は490円。これは県ごとに銭湯の管轄が異なり入浴料金設定も独自に決められているためで、兵庫県はまだワンコイン内に収まっているのだ。

浴室に足を踏み入れると、小体なアイランドカランの上からギリシャ風のビーナス像がお出迎え。奥の壁の上部には立派な大阪城天守閣のタイル画が描かれている。上の浴槽からのお湯が下の浴槽に流れ込むような構造になっており、栄町銭湯と似た“立体感”がここでも見られた。関西銭湯の個性なのだろうか。とはいえ、こちらは個性だけを売りにしているわけではなく、炭酸温泉に備長炭を備えたお風呂はじんわりと身体の芯まで暖めてくれる。
ゆったりと湯船に浸かっていると、外の祭りの摺り鉦の音がコンチキチンとかすかに聞こえてくる。たまたま訪れた銭湯でこんなスペシャル感を演出してくるとは実に心憎いではないか。

湯から上がって着替えてから、ロビーの椅子で身支度を整える。どうやらこちらのロビーでは生ビールやたこやき、ソフトクリームなどをいただくことができるようだ。50円のゆで卵が隠れた名物らしい。この感じもなんだかお祭りっぽくてワクワクしてくる。

龍美温泉の内部です
龍美温泉の内部その2です

そして、入口の脇にあるのがコナミのキッズメダル機「ふうせんペン太」(1993)だ。「つりっ子ぺん太」(1991)、「いもほりぺん太」(1992)に続くペンギンのぺん太シリーズ第3弾で、賑やかな音声が当時のゲームセンターでも目立っていた。
実はこの銭湯には「ふうせんペン太」だけでなく、ネオジオMVS筐体・SC19-4型があることをGoogleマップで事前に確認していた。しかし、どうやらすでに撤去されてしまったようだ(写真はGoogleマップより)。

過去の龍美温泉の内部です

以前同じくMVS筐体を置いていた別の銭湯で、コンパネにコーヒー牛乳を置いたままゲームをプレイしこぼす人が続出して、その度に修理をしていたがついには断念してしまったという話を伺ったことがある。確かにこのタイプの筐体に飲み物を置くスペースはないのだが、コンパネに置いたら結構な確率で倒してしまうであろうことは容易に想像できそうなものだ。そして砂糖が大量に入った飲み物を精密機器にぶちまけたら、どのような結果になるかは考えるまでもない。
もしも、自宅のPS4の上に飲みかけの瓶のフルーツ牛乳を置いてプレイしたら……と想像するだけで冷や汗がドッと出てくる自分は特殊なのだろうか。

日が落ちてすっかり暗くなっていたが、隣の八坂神社はさきほどよりも賑わいはじめているようだった。こんなタイミングもそうそうないし、軽く覗いてみることにしようか。
福島区海老江の八坂神社は、7月の夏祭りと10月の秋祭りがあるそうだ。夏祭りには地車(だんじり)と枕太鼓が巡行し、夜店も道端にずらりと並ぶ大きな規模らしい。秋祭りは神社の境内だけで行われる小規模なものだそうだが、これはこれで秋らしく落ち着いた雰囲気があってとても好ましい。

八坂神社の写真です

境内には地車と枕太鼓が並べられお囃子が演奏されていた。
しばらくその様子を眺めていると、子供の頃のお宮祭りのことを想い出してジーンと胸が熱くなってくる。夜の外出が許される特別な日。周囲は暗い中でそこだけがオレンジ色の提灯の灯りで照らされ、賑やかな祭り囃子が鳴り響く様子は日常とは明らかに違う異世界だった。翌日の昼にはキレイに撤収されて味も素っ気もないただの神社に戻っているのが、狐に化かされたような不思議な気分になったものだ。しばらく縁遠くなっていたけど、たまには地元の祭りにでも顔を出してみようかな。

スマートボールの器械です

狭い境内に出店している夜店を順番に眺めていくと、スマートボール屋があるのを発見した。
年季の入ったプランジャーでガラス玉を弾き、フィールドに開けられた穴に玉を落としていく古典的ゲームだ。穴に入れた数で景品がもらえるらしい。
盤面に描かれているのは、すっかり色褪せた「セーラームーン」「ドラゴンボールZ」「ミッキーマウス」。時代を感じさせるものの、どれも変わらぬ人気を誇っているタイトルであることと、それを当時選んだ選球眼の確かさに感服だ。
せっかくだしちょいとやってみようか? と頭をよぎるが、さすがにひとりでやるのは躊躇われた。
そうだ。明後日時間があったら大阪の新世界にあるスマートボール場でやってやろうと思い直して、まだまだ賑わいの続きそうな神社をあとにした。

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著者紹介
さらだばーむ

目も当てられないほど下手なくせにずっとゲーム好き。
休日になるとブラブラと放浪する癖があり、その道すがらゲームに出会うと異様に興奮する。
本業は、吹けば飛ぶよな枯れすすき編集者、時々ライター。

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