【第32回】東京都港区「喫茶ダリ」~東京都品川区「ルノナール」

東京都港区高輪。

平日お昼のJR品川駅はビジネスマンで溢れかえっていた。朝の出勤時にはスーツ姿で無表情のサラリーマン軍団が一方向に淡々と向かうディストピア感ある風景が見られるというが、いまは午後12時を回ったくらいなので、空気も幾分和らいでいる感じがする。

品川駅です

かく言う私も、今日は仕事のために珍しくここまでやってきたのだ。ちょいと取材をして原稿を書くだけという簡単なお仕事なのだが、こういう生業のくせにできるだけ人と関わらずに生きていたいところがあり、すでにして猛烈に憂鬱な気分でグンニャリしていた。
逃れようのない仕事をボヤいても仕方がない。せめてお昼ごはんくらいはちゃんと食べて、少しでも気分を上げて前向きにいこうじゃないかと自らを必死に鼓舞し、港南口の方にいくつか心当たりのお店があるなと頭の中でお店の候補をピックアップしていった。

駅からエスカレーターを下りて、港南口の真正面にある昔ながらの一角を目指す。都市開発により背の高いビルばかりとなっている品川駅前で、奇跡的に生き残った背の低いゴチャゴチャした雑居ビル群の一角。その中でもいい具合にくたびれた雑居ビルの地下へと潜っていく。
よく知られていることだが、品川駅は実は東京都品川区にはない。冒頭の一文にある通り“港区”が正しい住所だ。同様に品川駅周辺の“品川”と名の付く施設はそのほとんどが港区内にあるというややこしい状態にある。まぁそれを言い始めたら、実はJR新宿駅の新南口エリアはほぼ渋谷区とか、紛らわしくも興味深い事例もあるので、気になった方はいろんな区境を調べてみるのも一興だろう。

カフェ ダリの外観です

地下に降りると木製の大きな窓枠がレトロな、いかにも“純喫茶”という風情の喫茶店がある。「喫茶ダリ」だ。
店内は喫茶店としては意外と大箱で、ボックス席も多数設けられている。緑の絨毯に、背には白いカバーがかけられた赤いソファ。古めかしい雰囲気がありながらもどこも清潔に保たれているのは、この地で長年営業してきたお店の矜持を感じるところだ。ほどほどの客の入りの店内をぐるりと見渡してから、入口に近い席を陣取ることに決めた。

店員さんがやってきてメニューとお冷をテーブルに置く。ひとまずゴクリと一口お冷を飲んでから、メニューを開いた。レギュラーメニューにはサンドウィッチやホットサンド、カレーライスにミートソースパスタと定番ものがズラリと並ぶ。場所柄、OLさんも訪れるためハーフサイズセットやハーフサイズデザートセットなどを揃え、逆に大盛で男性客もしっかりカバーしている。電子タバコも吸える喫茶店としてだけでなく、ランチどころとしても十分に機能するラインナップが魅力だ。タバコは吸わないのであまり関係ないんだけど。

ジャントツのテーブル筐体です

目の前にある席は、この連載ではもうおなじみのテーブル筐体。麻雀コンパネが設置されている一台で、インストラクションカードは1983年にサンリツ電気が開発した本格4人打ち麻雀ゲーム「4人打ち麻雀 ジャントツ」。縦画面に4人が卓を囲む様子が真上から描画されるタイプで、右も左も牌でギッシリと詰まってやや見にくいものの、本物さながらの麻雀の雰囲気が楽しめる一作だ。ただ4人打ち麻雀を再現したことで展開も忙しなくなり、お店側も手書きで注意喚起せねばならなくなってしまったというのが面白い。

ジャントツのメモです

ゲーム中には『雨の慕情』『おんな港町』など、八代亜紀の演歌のメロディが流れる仕様となっており、時代的に見て楽曲の無許諾使用かと思ったら、当時の「ジャントツ」のチラシには八代亜紀本人が実名入りで登場しており、正式なコラボレーションが成立していたことがわかる。
よく見るとコンパネは、新たに付けられた“チョイマチ”ボタンで「ちょっと待った!」をさせてもらえる機能が加わった「4人打ち麻雀 ジャントツ スーパー」というバージョンアップ版のものだ。

これは、ぜひ動いているところを見たい、いや、曲が聴きたい……! という衝動がムラムラと湧き起こる。オーダーしていた料理が届くタイミングで、お店の方に声をかけてみたところ電源コードを伸ばしてくれたのだが、コンセントまで届かないという無念の結果に。それにどうもロンボタンの調子も悪いようで、動かないかもとのことだった。
お昼の忙しい時分に詮無きことを言い出してスミマセン……とお礼を述べてから、ランチメニューの“豚みそ丼”に向き合うことにした。

豚みそ丼の写真です

甘辛く濃いめの味噌味で炒められた豚バラがたっぷりご飯の上に乗った、見た目にもそそる一品だ。キムチと生卵が添えられているのも嬉しい。気が乗らない仕事に喝を入れるためには、このスタミナ満点な一杯が最適だ。

ちなみに喫茶ダリには、他にも「プロ麻雀 極」(アテナ/1994)と「ナムコクラシックコレクションvol.2」(ナムコ/1996)が入ったテーブル筐体が置かれている。前に来たときは「プロ麻雀 極」の台に座ったのだが、コイン投入口に故障中の貼り紙がされておりプレイはできなかった。

ダリ店内の写真です

もう一台の「ナムコクラシックコレクション」の方はいまだ着席が叶っていない。ダリは品川駅から徒歩3分という好立地で、かなり落ち着いてゆっくりできることもあり、いつ来ても誰かしらが座っているためだ。あるいは「ナムクラ2」が指定席の常連でもいるのかもしれない。

後日、せめて「ナムクラ2」の写真だけでも掲載しようかと写真ストックを探してみたが見つからなかった。どうやらこの一台だけ離れた位置にあったため写真を撮っていなかったようだ。この原稿を書くにあたって改めてダリに行ってみたところ、なんと休業中だった。お店の前の貼り紙には、この原稿が公開される8月30日から再開するようなので、ぜひこの機会にご自身の目で確かめていただきたい。私もいつかはあの席に座ってやると、秘かに再訪を誓っている。

その後、大汗をかきながらどうにか天王洲での取材を終えた。これから帰って原稿制作にかからねばならないのだが、ひとまずは厄介な仕事をクリアした解放感に浸りたい気分だった。
現在地から最寄りにある駅は、りんかい線天王洲アイル駅だが、京急本線の新馬場駅にも歩いていくことができる。しばし考え、少しだけ歩きたい気分なのと、あえて時間のかかるルートを通ってさらに軽く一服してから戻るという、ささやかな抵抗で新馬場駅に向かうことにした。

東海道第一の宿場・品川宿から程近い場所にある品川神社は、徳川家康が関ヶ原の戦いを前に戦勝祈願を行って以降、徳川家の庇護を受けたという由緒正しきお宮だ。その参道にあたる北馬場参道通りの途中の路地に「喫茶ルノナール」はある。
実は初めてこのお店を訪れた時、シャッターは閉まり、庇テントは破れてボロボロの状態だった。

ルノナール外観です

到底営業しているようには見えず、閉業してしまったのかとがっくり肩を落として帰ったのだが、なんとなく諦めがつかずに1年後くらいに再訪してみたら、何事もなかったかのように庇テントが元に戻り普通に営業していた。

現在のルノナール外観です

あのボロボロだったお店は一体……と狐につままれたような気分になったものだが、あれからさらに1年後の現在。なんとお店がさらにきれいにリフォームされていた。以前はどこか夜のお店を匂わせる、少し暗めの照明だったのが、明るくモダンで華やかな雰囲気に大変身。これなら一見のお客さんも入りやすくなったことだろう。

アイスコーヒーをオーダーし、着席した“テーブル筐体”に目を移す。
インストカードには「麻雀」とだけ書かれ、メーカー名の記載もない。コンパネも汎用のよくあるタイプだ。どうやら故障しているようで、タイトルを調べるには中を開けて基板を確認するしか方法がない。今日は特段プレイしたいわけでもタイトルを特定したいわけでもない。それよりも、リフォームした後もこの一台が残されただけでありがたいというほかない。なんでも以前はもう一台麻雀台があったそうなので、この広さの店にしてはこうした娯楽にかなり力を入れていたのかもしれない。

テーブル筐体の写真です

「喫茶ルノナール」という、どこかで聞いたような店名には由来がある。元々は“ルノアール”だったのが某大手コーヒーチェーンからの物言いがあり、さりとて全然違うものに変えるのもシャクだということで“ルノナール”に変えたのだそう。1970年代にバーとしてオープンし、後に喫茶店に業態転換。その長い営業の歴史の中では街ブラロケやドラマへの露出もあり、長渕剛、舘ひろし、草彅剛など数多くの芸能人が店を訪れたという。さらにテレビ東京の「モヤモヤさまぁ~ず」でも紹介され、いまも客足の絶えない隠れた人気店となっている。参考までに、テレビ東京が所有する天王洲スタジオはここから歩いて10分くらいの位置にあるので、スタッフも来ているのかもしれない。

……などという情報は、特に尋ねてもいないのになんでも話してくれる明るいお店のママから直接聞いた話ばかりだ。見た目にも個性的なこの美人ママこそが、お店の一番の看板なのである。
その話のどれもがあまりに楽しくてつい長居をしてしまったのだが、帰ろうとすると「もう帰っちゃうの?」と言われ、さらに延長してしまった。
こうして男をどっぷり沼らせる罪作りなママの術中にハマり「まぁ一仕事も終わったことだし、原稿は明日書けばいいか……」などと不埒なことを考えつつ、アイスコーヒーをお代わりするのだった。

筐体のコントロールパネルです

 

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著者紹介
さらだばーむ

目も当てられないほど下手なくせにずっとゲーム好き。
休日になるとブラブラと放浪する癖があり、その道すがらゲームに出会うと異様に興奮する。
本業は、吹けば飛ぶよな枯れすすき編集者、時々ライター。

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