【第31回】埼玉県坂戸市「らーめんランド」「花梨」など

埼玉県坂戸市末広町。

北坂戸の駅です

東武東上線・北坂戸駅西口の広々としたペデストリアンデッキに人影は少なかった。
駅のすぐ脇にURの団地があるが、そちらの下を眺めてもやはり人は見当たらない。天気のいい土曜日で気温もほどほど。絶好のお散歩日和といえるが、このあたりは車無しでの生活は成り立たないからか、道のずーっと先まで本当に人がおらずシーンと静まり返っている。人類滅亡後の世界ってこんな感じなのかしら……とボンヤリ考えながらトボトボと歩きだす。

調べたところ、坂戸駅前西口側には飲食店があまり見当たらない。やはり車で街道沿いの大箱チェーン店とかに行っちゃうんだろうか。あるいは東口のほうが栄えているとか? 不意に一軒の小さなラーメン屋に目がとまった。お店の名前は「らーめんランド」。ハタと脳裏にひらめくものがあり数瞬の後、お店の引き戸をガラガラと開けていた。

店内はコの字カウンターのみの居酒屋のような造りで、4人いた先客は全員真っ昼間っから酒を飲んでいた。「あれ、やっぱり居酒屋?」と一瞬ひるむも、奥のほうが空いているのを確認し、狭い通路を横になって進んで席にたどり着く。
奥のドン詰まり席には、卓上タイプの8ラインスロット機が鎮座していた。さらに目を移せば、卓上の競馬メダル機もデンと置かれていた。これはまさかの“ギャンブル居酒屋系ラーメン店”なのか!?

らーめんランド店内です

競馬場、競輪場、競艇場あるいはJRAウインズの周辺などで見かける勝負師目当ての飲食店には、まれにゲーム機が置かれていることがある。レース中継が流れるテレビを眺め、安酒をあおりながら苦虫を噛み潰したような顔で競馬新聞を睨みつけるギャンブラーが、考えすぎて熱暴走しそうな頭をクールダウンさせるためにメダルゲームで気をそらせたり、麻雀ゲームのどうでもいい脱衣で気分転換したりするためだ。この辺りにはそうした公営ギャンブル施設はないはずだが、この雰囲気は間違いなくそれ系のお店だ。

実はここ「らーめんランド190 北坂戸店」は、激安ファンの間では密かに有名な“一杯190円のラーメン”を出すお店だ。お得な飲食店に目のない私も風の噂では聞いたことがあるが、まさかこんなところで遭遇するとは。それでついフラフラと吸い寄せられてしまったのだが、入ってみればゲーム機のある飲食店でもあったというワケだ。これはツイている!
もっともカウンターのみで、しかも見たところ全員が常連と思しき客の中で堂々とゲームをする勇気などはない。せっかくなので190円ラーメンも食べてみたいということで、まずは落ち着いて壁に貼られたメニューの解読からはじめることにしよう。

らーめんランドのメニューです

ラーメン190円、大盛ラーメンが390円。ん? 普通のラーメン2杯で380円ということは、大盛りだと麺が2倍以上入っているのだろうか? 餃子は240円、チャーハンもカレーライスも400円と全体にかなりお値打ち。いろいろ思案した結果、餃子ライスとラーメンのCセットを注文してみる。550円ということは、ライスは120円という概算でやっぱり相当お安い。

ギャンブルもお酒もほぼ嗜まない私だがこういう雰囲気のお店は大好物で、さらに予想もしてなかったゲーム機まで置かれているとあって少し興奮していた。「これでラーメンが美味かったら大当たりだな……」とほくそ笑んでいたのだが、結果を言ってしまうとラーメンは極めて普通であった。餃子も普通のちょい下くらい。
だがそれでいい。ここは一見の客が味を求めてわんさと押し寄せるお店ではないのだ。昔からの馴染客がフラリと訪れて、店主となんでもない日常会話を交わしながら普通のラーメンをすすり、軽く一杯ひっかけて帰る。そういう日常のループの中に存在するくらいが間尺にあってる。むしろお邪魔してスミマセン、という気持ちでお店をあとにした。

らーめんランド店内その2です

そもそも今日の目当ての店はここではない。想定外の寄り道にはなったが、そこから歩いてすぐの場所にある喫茶店にやってきた。
扉を引いて入ってみると、店内にいたお客さんが一斉にこちらを見た。またしても一瞬ひるむが、店員さんがどうぞと迎え入れてくれたのでホッと安堵する。坂戸はなんか不思議な緊張感があるな……とドギマギしつつも、ぐるりと店内を見渡し奥の空いている一席に腰を下ろした。
メニューを見るフリをしながらさりげなく店内を眺めると、先ほど一斉に視線を浴びせてきたお客さんたちは、こちらにはもうなんの関心もない様子だ。お客さんの年齢層はやや高めで、ご近所に住む常連さんが午後のひとときを楽しんでいるといった風情だった。

こちらの喫茶店「花梨」の店内はログハウス風で、白樺の絵が飾ってあったり民芸品が置かれていたりと全体にこぢんまりとした造りも相まってとても落ち着く空間となっている。飲み物は300円から450円、食事も400円台が並ぶ極めてリーズナブルなメニューの中から、ナポリタン450円をチョイス。さっきラーメンと餃子ライスを食べてはいるが、あのお店の妙な緊迫感もあって、どうも食べた気がしてなかったのだ。

花梨の店内です

陣取った席は、おなじみのテーブル筐体。麻雀コンパネで、『リアル麻雀 牌牌』(アルバ/1985)のインストラクションカードが入っている。インストだけを見ると雀卓に牌が並んだだけの地味な麻雀ゲームと思うかもしれないが、実際は3人の女の子の中から1人を選んで闘牌する“脱衣麻雀ゲーム”だ。開発はセタであり、劇画とアニメ絵のちょうど中間といったなんとも言えない色気を放つ絵柄は、のちの『スーパーリアル麻雀』シリーズへと繋がるキーストーンともいえる一作だ。

しかしこの喫茶店が、上がるとガッツリ脱衣して「すごーい!」といった音声でしゃべる麻雀ゲームを置くに似つかわしいとも思えない。いまでこそほんわかした雰囲気の憩いの場に見えるが、ひょっとしたら昔はもっとワイルドな客層だったのかもしれない。イカついバイクで乗りつけたリーゼントの不良少年たちが、レーコー片手に麻雀ゲームに興じていたとか……そんなありもしないであろうお店の過去を勝手に妄想していると、ナポリタンが運ばれてきた。
パスタは茹で置きではないプツリと噛み切れる食感。ピーマン、玉ねぎ、ベーコンとともにケチャップをしっかり炒め、酸味と甘みがギュッと濃縮されたナポリタンならではの鮮烈な旨味に溢れている。そしてサラダにはゆで卵丸々1個分を半分に切って添えられているのが地味に嬉しい。

花梨の店内その2です

大満足で食後のコーヒーをすすり、この後の行動の検討に入る。次なる目的地は直線距離でいえばわずか1.5km。だがその途中に流れる高麗川、越辺川に掛けられた橋を渡る必要があり、大きめに迂回しなければならなかった。果たして車通りの多そうな街道が通る西側を行くべきか、地図上では少しだけ近いように見える東側から回り込むべきか……。
今日の散歩は、ただでさえかなりの距離を歩くことになるとわかっていたので、ここはちょっとでも距離が近そうな東側ルートに賭けてみることにした。
お店を出て東武東上線の線路沿いを歩き、越辺川を渡ってちょっとした集落を過ぎると眼の前には広々とした畑が広がってきた。そのまま畑を突っ切る畦道のような道路を進んでいく。

越辺川沿いです

しばらく行くと大きめの六差路に突き当たり、その一角に目的地の看板が見えた。東松山市田木にある「庭とカフェ あんず」だ。
手作り感のある外観を眺めてから店内に入ってみると、テーブルも椅子もまちまち、置かれたアイテムも使用感のあるものばかり。その一部は売り物でもある雑貨店でもあり、清潔感があり温かみのあるカフェの雰囲気は、なんだかとても心地が良い。
板張りの床を音を立てながら進むと、本日2台目のテーブル筐体とご対面だ。いわゆるインベーダーブーム前のクラシックスタイルのテーブル筐体。お店の中でこれだけ浮いているような、意外にマッチしているような不思議な存在感を放っている。

あんず店内です

俗に「ブロックくずし」と呼ばれるビデオゲームジャンルの発祥はアタリの『ブレイクアウト』(1976)である。アメリカでヒットした後、日本でもタイトーがライセンス販売を行い、その模倣品でビデオゲーム業界に参入したメーカーも数多い。このお店にある『テーブルブロック』は、後のアイレムであるアイ・ピー・エム(IPM)が製作販売したビデオゲームのデビュー作だ。
この手のお店にしては珍しく常時稼働台だそうなので、早速ワンプレイしてみることに。パドルの動きはスムーズなのだが、久しぶりにやるブロックくずしはおそろしく難しく、ボールの速度に反射神経がまったくついていけない。まばたきする間に3ボールをロストしてしまった。老いはいやだねぇ、と大げさにため息をついてみせるが、別に昔は上手かったワケでもない。

しばらくすると注文していたカモミールティーとフルーツサンドシフォンケーキが到着。ポットで提供されるカモミールティーは、たっぷり3杯分はありそう。シフォンケーキは見た目も美しく、クリームの甘さが控えめでイチゴとオレンジの風味がグッと引き立つ逸品だ。
窓からは柔らかな西陽が差し込み、午後のひとときを鮮やかに演出している。聞こえてくるのは鳥の鳴き声くらいで、まるで夢の世界にでも迷い込んだような……とメルヘンチックなことをうっとり考えつつも、ここから駅まで歩くとなるとちょうどいま来たルートと同じくらいの距離があるんだよなーとリアルな現実へと引き戻される。

あんずのお茶とケーキです

このままだといくらでものんびりできそうなのだが、重い腰を上げて、東武東上線の高坂駅方面に向かうことに。ちなみに「庭とカフェ あんず」は金曜日と土曜日の日中しか営業していないので訪れる際はご注意を。しかし、このあたりは本当にのどかでいい。また違う時期にでも散歩に来てみよう。紅葉の頃なんかすごくよさそうだ。

ついでなので高坂駅の東口側、東松山市立高坂小学校のすぐ脇にある、創業昭和初期の駄菓子屋さん「ほったや」にも寄ってみる。駄菓子だけじゃなく、文具や学校指定用品なども揃えた街の商店だ。

ほったやの外観です

その店頭には『カーレース』『キャッチボール』など10円ゲームの定番から、『遊戯王 モンスターカプセル』(コナミ/1999)といったキッズメダルも置かれている。
中でも気になるのは、ルーレットの止まる位置が赤か白かを当てるシンプルなメダルゲーム『あかしろ大明神』。非常によく喋り、たまに「ワタシキレイ?」と昭和の“口裂け女”の名台詞まで聞かせてくれる。どこのメーカーかと思えば、『麻雀放浪記 掟』『麻雀クリニック』で名を馳せたホームデータ製だ。うむ、流石の味わいと言わざるを得ない。

あかしろ大明神の筐体です

そんなこんなで、とにかく今日は歩いた。家に帰って疲れた足をゆっくり癒す……と見せかけて、実はこの日はまだ終わっていないのであった。高坂駅から東武東上線に乗り、さらに東京から離れていく。その顛末はまたどこかの機会にでも。

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著者紹介
さらだばーむ

目も当てられないほど下手なくせにずっとゲーム好き。
休日になるとブラブラと放浪する癖があり、その道すがらゲームに出会うと異様に興奮する。
本業は、吹けば飛ぶよな枯れすすき編集者、時々ライター。

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