【第29回】東京都葛飾区「喫茶 パール」~「イーグルバッティングセンター」など

東京都葛飾区立石。

街全体が呑み屋といっても過言ではない呑兵衛の街・京成押上線京成立石駅の北口周辺が、ついに再開発に入った。
このエリアは、葛飾区有数の建物密集地帯で道路も狭いため、防災面での不安解消を図ることと、新たな街づくりによる賑わいの創出、そしてそれに伴う多世代居住の実現とやらが再開発の理由だそうだ。
個人的には「どこにでもあるきれいな街になるんだろうな」以上の感慨がわかない再開発ではあるが、地元の方々や働く人にとっては重要なことだとも理解はしている。街とは常に変化し続けるものだ。

商店街の写真です

懐かしい雰囲気の街並みを残す南口の立石仲見世通りを歩いてみる。高い屋根のかかったアーケード街の両サイドにあるお店の古さが際立つ。終戦後に闇市として発生した時代からはじまり、昭和35年にアーケードを掛け、現在までで63年。昭和の濃密な空気をそのままに残す貴重な商店街だが、北口側の工事が落ち着き次第再開発がはじまり、こちらは地上34階地下1階約700戸が入るタワーマンションなどが建つことになるそうだ。

商店街を抜けると奥戸街道に突き当たるので西方向に進み、歩くこと8分ほど。小さなマンションの1階にあるグリーンの軒先テントが見えてきた。ロゴのフォントもどこかレトロな「喫茶 パール」だ。

喫茶パールの写真です

営業中の札がぶら下がっているのを確認して中に入ると、ひんやりとした空気が全身を包んでくる。ああ、夏場の喫茶店はこの瞬間がたまらない……。
すかさず店内をぐるりと一瞥したが、お目当ての“テーブル筐体”は見当たらなかった。店の奥が右に曲がっていて見えないため、あるとしたらその先だ。お店の人が笑顔で勧めてくれた席は入り口付近だったので、ひとまずそこに腰を落ち着ける。
テーブルに置かれたメニューをじっくり見つめ、しばし思案してからナポリタンを注文する。喫茶店のフードメニューにもいろいろあるが、基本的にはナポリタンか生姜焼きをベースに考えることが多い。生姜焼きはどのお店もだいたい外れがない旨さでボリュームもあり、それでいて店ごとの個性が出やすい一面がある。ナポリタンは店ごとの違いの幅が狭い傾向がある料理だが、より繊細な違いがあるように感じている。麺は茹で上げか茹で置きか。具材は玉ねぎ、ピーマン、ベーコンあるいはソーセージ。ケチャップはよく炒め濃厚系なのか、さっぱり軽炒め系なのか。いずれの組み合わせにも捨てがたい旨さがあり、ここはどのタイプなのだろうと想像する楽しみがある。

他の席に目をやると、隣は男女のカップルで、奥の方にはご近所の集会といった風情の団体客が談笑していた。漏れ聞こえてくる声から察するに、どうやら夏祭りについての話し合いが行われているようだった。これもまた、夏の土曜日午後の住宅街喫茶店の風物詩といった光景だ。遠方からの観光客よりも、店の半径100m内に住む常連さんで売上をほぼ賄うタイプのお店なのだろう。わざわざテーブル筐体を見にやってきた自分が異端であることは自覚しているので、なんとなくたまたまこの辺で時間が余ったからランチでもしようかな、という通りすがりの客風を装ってしまう。別に誰も気に留めていないだろうに、卑屈な性格はそうそう直らない。

水を一口飲んでからおもむろに立ち上がり、店の奥へと向かう。お馴染みの“トイレ作戦”だ。通路を曲がると左前方にテーブル筐体が見えた。4人席に1台、壁にピッタリとつけられた2人席にもう1台。通りざまにチラッと見ると、奥の方は麻雀ゲーム「一発逆転 百萬両」(パラダイス電子/1986)のインストが入っていた。

テーブル筐体の写真です

トイレで用を足し店内に戻ると、今度はしげしげと台を眺める。赤い柄入りモケット生地の椅子とテーブル筐体の組み合わせは、ゲームセンターで見るイメージとは異なる美を感じる。テーブルとしての用途を遺憾なく発揮しつつ、そこに潜む奇妙な違和感も持ち合わせる佇まい。これこそがテーブル筐体喫茶の醍醐味……!
するとお店のママらしき女性が「懐かしいでしょ」と声をかけてきた。それとなく話を聞いてみると、すでに基板もモニターも壊れて動かないといい、メンテナンスする業者とももう連絡がつかなくなっているのだそう。「生きてるんだか死んでるんだかもわかんないよ(笑)」とキツめのジョークをとばした。

テーブル筐体の写真その2です

ママはその昔、ゲーム喫茶をやっていたことがあるそうで、警察からお縄を頂戴したこともあったという。なんだかめちゃくちゃにおもしろそうな話なので、できればもっと掘り下げたいところだったが、立ち話したり許可を得て写真を撮らせてもらっているうちにナポリタンが出来上がったので、後ろ髪を引かれつつ席に戻ることにした。

ナポリタンの写真です

茹で置きながらねばつきのないスッキリした麺にたっぷりとケチャップを絡め、玉ねぎ、ピーマン、斜め切りしたソーセージ。それらを麺に僅かな焦げ目がつくくらいによく炒められている。この炒めをしっかり行うことでネットリした食感が生まれ、濃縮された濃厚なケチャップソースが仕上がるのだ。楕円の銀皿が懐かしさとともにハイカラなイメージを添えているのがなんとも憎い。これだから喫茶店のナポリタンはやめられない。

夢中で平らげ大満足でお会計をする。レジを打つママと一言二言、言葉を交わすこの瞬間もその喫茶店の印象を大きく左右する。余韻を残しつつ笑顔で送り出してくれるお店は「また来たい!」と感じさせてくれるものだ。
夏が近いギラギラした日差しは、うんざりするような暑さを容赦なく浴びせてくる。毎年この時期になるといろんなヤル気が急激に失われていき、できることなら家から一歩も出たくなくなってくる。真夏の3ヶ月間くらいは散歩をしなくても過去の情報と写真だけで原稿を書くことはできるが、なにせこの手のお店は知らぬ間にひっそりと閉業していたりするから、あまり適当なことも出来ない。結局、訪れてみるしか方法がないんだよな……などと考え込んでいる間に見えてきたのは、喫茶パールとは駅の反対側に位置する「イーグルバッティングセンター」だ。

バッティングセンター イーグルの写真です

パーンと軽快な音を響かせてバッティングに興じる人々を尻目に奥の方に進むと、ゲーム機とパチスロ機が数台置かれていた。エアロシティには「VS.スーパーマリオブラザーズ」(任天堂/1986)、「SUPERワールドスタジアム2000」(ナムコ/2000)、「パズルボブル」(タイトー/1994)というラインナップ。よーく見るとパズルボブルのモニターにはテトリスの焼付きが残っており、長年の奉公ぶりが見てとれた。

ゲーム筐体の写真です

そしてエレメカで「ドッカンゲーム」という見覚えのないタイトルも。イラストや全体の造りからするとレトロに見せかけた比較的新しいタイトルなのか、それとも本当に古いエレメカなのかまったく見当がつかない。表から見える位置にメーカー名が記載されていない点は、最近のキッズ系遊具の特徴でもあるのでそういうことなのかもしれないが、なんだかいろいろ巧妙になってきてるのかもなーと頭を捻った。あと、店を出て駅に向かう途中、「あれ? あのスーパーマリオ、本当に“VS.”だったか?」などの疑念が浮かぶが、この暑い中引き返して確認する気にもなれず、ひとまず忘れることにした。

DOKKANゲームの筐体です

立石駅前まで戻ると時間は15時前。ぼちぼち銭湯が開く時間だ。葛飾区はまだ銭湯が数多く営業しているエリアだが、このあたりでまだ未訪の銭湯はあったかしらと調べてみると、京成線で数駅先の銭湯が気になっていたことを思い出す。電車で移動するほどかとも思ったが、その近所にも一軒、テーブル筐体が置かれているかもしれないと睨んでいるお店があったのでもののついでに行ってみることにした。

銭湯の写真です

京成小岩駅から歩いて12分ほどの銭湯「鶴の湯」。あとで調べて気付いたが、このあたりはちょうど葛飾区と江戸川区の境目付近で、この銭湯は江戸川区に位置していた。
堂々とした宮造りに心ときめかせながら店内に入ると、脱衣場も浴室も全体に広々。そしてひときわ広い露天風呂がなんともいえず気持ちがいい。都内でもここまで広く空が見える露天風呂はそうそうないだろう。見えすぎて、2軒先の2階の窓からなら完全にここが丸見えなくらいだ。
湯船にどっぷり浸かりながら頭上高くにひらけた青空を仰ぐと、そこには天に向かって真っすぐ伸びる風呂屋の煙突の全景が見える。住宅街にありながらこの気持ちのいいロケーションはまさに都内屈指だろう。

風呂から上がり、せっかく気持ちよく汗を流したのにまたじっとりと汗をかきはじめたことを呪いながら目的の喫茶店に行ってみるとシャッターが下りていた。Googleマップによるとまだ営業時間だし、よく観察するとエアコンの室外機は唸りを上げ稼働している。閉店時間を待たずに営業終了しちゃうなんていうのはよくあること。すかさすファミレスに方向転換し、夕涼みと称してダラダラしていたら、あっという間に日が暮れてしまった。今日はそんなに歩いてもいないのに、ちょっと怠惰過ぎたかも。まぁ、夏の散歩なんてもっとユルくてもいいくらいだろうと正当化する。

帰る道すがら、夜の立石の街の今をもう一度見ておこうかと京成線で戻ってみることにした。夜の北口側は工事の音も止み、ひっそりと静まり返っていた。奥の方の工事範囲外のあたりは灯りも点って静かながらも人が集まっている様子。

呑んべ横丁の写真です

ついこの間まで、昭和の鈍色オーラを存分に放っていた呑んべ横丁はもう跡形もない。そのすぐ脇にあったハイテクランドセガ立石も1年前に閉店し、その跡地は高い工事柵に囲われてしまった。すでにGiGOグループとなってはいたが「SEGA」の名を最後まで貫き通したんだよな、と見えない跡地を眺めてしばし、しんみり。

セガ立石です

両脇に雪壁のようにそそり立つ白い工事柵の間をボンヤリ歩いて、対照的な賑わいを見せる南口の方へと向かった。あと数年で大きく様変わりするであろうこの街に来る機会をもう少し増やして、しっかりとこの目に焼き付けておくことにしよう。

立石駅前です

 

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著者紹介
さらだばーむ

目も当てられないほど下手なくせにずっとゲーム好き。
休日になるとブラブラと放浪する癖があり、その道すがらゲームに出会うと異様に興奮する。
本業は、吹けば飛ぶよな枯れすすき編集者、時々ライター。

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