東京都荒川区南千住。
ホント毎回のようで大変恐縮なのだが、今回も“閉店”がきっかけだった。
4月に入ったある日、いつものようにSNSをぼんやりと眺めていると、銭湯が閉店するとの報せが目に飛び込んできた。
これまでもちょくちょく言ってきたように、ゲーセンと銭湯と喫茶店と駄菓子屋は突然無くなる。ゲーセンはともかく、あとの3つの閉店理由はその多くが“店主の高齢化”だ。つい先日も以前から目をつけていた喫茶店に行ったら閉まっていて、ちょうど店先で作業をしていた大工さんに尋ねてみたところ、お店のご主人が急に亡くなったという。
当たり前のようにあったものはある日突然、なんの前触れもなく消滅してしまうものなのだ。
そうした突然の消失に慣れ過ぎて、感覚が麻痺してしまっていた面はあった。しかし、閉店する銭湯の店名が「子宝湯」と知って、思わず「え!?」と声が出た。
荒川区町屋の子宝湯は、テーブル筐体が置かれた“ゲーム銭湯”だったからだ。
都電荒川線に乗って東側の終点、三ノ輪橋駅に降り立つ。子宝湯が閉店したのは3月31日。それに気付いた時にはすでに4月になっており、駆け込み入浴も叶わなかった。せめて閉店後の様子だけでも見ておきたい、そんな思いでやって来たのだった。
せっかくなので、都電荒川線沿い東側のゲームスポットもいくつか巡ることにする。その起点がここ、三ノ輪橋だ。
三ノ輪橋の象徴ともいえるアーケード街・ジョイフル三ノ輪商店街を通り、南千住方面に向かう。だいぶくたびれた商店街はシャッターが降りたままの店が多いが、まだ部分的には活気がある。おそらく現在のような衰退が見えはじめるはるか前から、商店街を盛り上げる手はないものかと幾度も幾度も繰り返し議論がされてきたことだろう。しかし、決定的な案が出ぬまま、今日まで来てしまった。その重苦しい疲労感のある淀んだ空気をそこかしこに感じながら、なぜかそれが不思議と心地よく思えることにふと気付かされる。まったくひどいエゴだなと自覚させられ、少しだけヘコんだ。
大きな通りを渡り、路地を奥へ一本入るとそこはもう静かな下町の住宅街。やがて見えてきた緑のシマシマの庇テントが、本日の目的地のひとつ「いちせ商店」だ。
さっそく中に入ってみると店内は雰囲気ある駄菓子屋さんで、その奥には小さなゲームコーナーがあった。まずはセオリー通り、カゴに駄菓子を大量に放りこみ会計を済ます。この駄菓子屋とほぼ一体化したようなムードを醸し出すおばあさんが計算をする間、店内をぐるりと見渡してみると、あちらこちらにお店の長い歴史が感じられた。じつに貴重なお店だ。
袋に入れてもらった駄菓子を受け取り、ゲームコーナーへと移動する。まずなんといっても目を惹くのは、スチールむき出しの駄菓子屋筐体だ。画面の左端にスイッチが取り付けられているが、おそらくこれで電源のオンオフが可能となっているのだろう。節電にも効果的だろうし、営業終了時に電源を落とす時も筐体の裏に手を回したり、屈んだりしなくてもいいという高齢者に優しい設計になっている。クライアントの諸事情にも細かく配慮する気配り業者の存在を感じる。
ゲームは『野球格闘リーグマン』(アイレム/1993)。“野球+戦隊”コンセプトのベルトスクロールアクションで、ホセ(レッドリーグマン)、リノ(グリーンリーグマン)、ロジャー(イエローリーグマン)、ストロー(ブルーリーグマン)の4人の中からキャラクターを選択できる。設定の造りがどうもアメリカンだなと思ったら、キャラクターデザイン(原案?)はアイレムアメリカのようで、「ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ」「バットマン」などに発想を得たようだ。海外版タイトルは『Ninja Baseball Batman』となっており、コンセプトも“忍者+野球”と日本版とは異なっている。クール&コミカルなデザインは子供にも親しみやすいだろう。
また、いまだに家庭用移植がないタイトルでもあり、ゲームファン的にもナイスチョイス。50円硬貨1枚もしくはメダル5枚で2プレイできる設定にしてあるようだ。
その並びに、10円ゲームの『カーレース』『キャッチボール』、そしてサクセスの『とんとん』、サンワイズの『ジャンケンマンジャックポット』といった駄菓子屋お馴染みのラインナップが鎮座する。駄菓子とゲーム両方に使える10円玉と、ゲームのみで使用可能なコインを同居させながら店内を循環させることで駄菓子屋経済圏が完成している。子どもたちは10円の価値とコイン一枚の価値を秤にかけながら小さな経済の勉強をするという仕組みだ。
次は三ノ輪橋駅から都電荒川線に乗り、子宝湯のある町屋を目指そう。東京に唯一残された“東京都電車”荒川線には、他の電車にないライドアトラクションに似たワクワク感を覚える。東京に住んでいても意外と乗る機会が少ない路線だが、特に用事がないヒマな時こそ気まぐれに乗車してみることをオススメしたい。その際は車内でスマホなど弄らず、車窓から外の風景をじっくり眺めるのがいい。依然として昭和の東京がまだまだそこかしこに残されており、海外の方を案内しても喜ばれることだろう。また、乗客には高齢者の方が多く1両編成で座席数も少ないので、最初から立ったままの方がなにかと気疲れしなくて済む。
5駅で町屋駅前駅に到着し、そこから南に少し歩いていった住宅街に銭湯の子宝湯はある。元々看板も営業を示す暖簾すらかかっていない銭湯だったので、シャッターが降りていても閉業したようには見えなかった。
子宝湯は、下町の銭湯巡りをしていた時期にブラリと訪れたのが最初だった。下駄箱に靴を預け、番台でお金を支払ってから脱衣所を見渡すと、脱衣所の中ほどにテーブル筐体があるのが見えた。胸の高鳴りを覚えつつ近寄ってみると、天板が白で少し華やかさのある台に『MONSTERS Ⅱ』というやや色褪せたインストラクションカードが入っていた。正式名称は『コスミックモンスターⅡ』(ユニバーサル/1979)。筐体もユニバーサルの純正だ。コンパネのレバーとボタン、その周辺の掠れ具合に長年の風合いがプラスされていた。
残念ながらすでに稼働はしていないようだったが、レバーをガチャガチャしてみたり、脱衣所のいろんな角度から眺めて満喫した。
ふと、対角位置に置かれたテーブルの後ろに回った時に、そのテーブルが偽装されたテーブル筐体であることに気付いた。しゃがんで確認すると『スペースフィーバー』(任天堂/1979)で、さらにテンションが上がる。インベーダーブームに日本中が湧いた1979年に任天堂とユニバーサルが出したインベーダー亜種の2機種が置かれている! これはとんだド天然“ゲーム銭湯”ではないか……!
腰を抜かさんばかりの様子の妙なおっさんに怪訝そうな視線を向ける番台のおかあさんに、写真を撮らせてもらえないかと懇願してみると、絶対他のお客さんを写さないという条件で許可をいただいた。掲載しているのはその時の写真だ。
正直、その後に入ったお風呂の印象はよく覚えていない。お風呂に入りながらも脱衣所のゲーム機が気になって仕方なかったからだ。すぐに風呂から上がって手早く体を拭き、『コスミックモンスターⅡ』をウットリ眺め、飲み物を買い『スペースフィーバー』の椅子に座って筐体を撫で回したりした。台の上に被せられた重そうな白いテーブル天板をちからずくで引き剥がしたい衝動に駆られるが、それはさすがに踏みとどまった。
今思えば、この子宝湯との出会いが“ゲーム銭湯”探しのきっかけだった。それ以前にも何軒かゲームが置かれた銭湯に出会ってはいたが、強く意識したのはここに訪れたことが影響している。
銭湯が浮世の社交場と呼ばれ、生活の中に溶け込んでいた時代。そこに集っては挨拶を交わし、日々の出来事などを語り合いながらゆっくり心と身体の垢を落とす場所が銭湯だった。やがて訪れたインベーダーブームは街中のあらゆる隙間を侵食していき、銭湯の脱衣所すら占領した。しかし、時期はほんの一瞬で、あっという間にインベーダーは日本から駆逐されていった。銭湯とインベーダーが交わった、あのきらめきの時は極めて短かった。だからこそ、今現在本当に少なくなったゲームが置かれた銭湯“ゲーム銭湯”に惹かれてしまうのだ。
もう人で賑わうことのない子宝湯の前に立ち尽くし、そんな回想にふけった。またひとつ銭湯がなくなり、そこに遺されていた思い出とその記憶もやがては更地に還っていくことになる。せめてあの2台のテーブル筐体は、どこかの誰かに引き取られていてくれたらいいなと願わずにはいられなかった。
去り際にシャッターに触れておこうと近寄ると、赤い字で小さく「ありがとう! サヨナラ…」と書かれてあることに気付いた。ちょっとウルッときた。
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