神奈川県座間市。
小田急小田原線の座間駅前は小綺麗だがかなり地味な雰囲気。
どうもこの連載は地味なところへ行くのがお好きと見られているようなのだが、実はその通りで、コロナが猛威をふるった2020年以降は意識的に繁華街を避け、あえて郊外へと散歩の足を伸ばしていったところ、非常にしっくりきたことに由来する。散歩という趣味は、訪れる場所を問わないのが魅力でもある。繁華街でも住宅街でも工業団地でも、なんなら荒野であってもそれなりに楽しめる変な自信を持っているのかもしれない。なにもないところになにかを見つける楽しさにこそ散歩の真髄があると感じている。
さて“座間”というと、座間市と相模原市南区にまたがるアメリカ陸軍の基地・キャンプ座間を思い浮かべる人も多いだろう。陸上自衛隊の駐屯地も同居するこの広大なエリア内を地図で眺めてみると、ゴルフコースがあったり、アメリカンなスーパーマーケットがあったりとなにやら楽しそう。中でも以前から気になっているのが「Camp Zama Bowling Center」というボウリング場だ。20レーンぐらいはありそうなわりと大きめの施設なのだが、Google Mapに上げられた写真にはゲームコーナーらしきものも写っている。ちらりとスロット機のような台が見え、その他にもなにかあるのではないかと非常にそそられている。しかし、ご存知の通りそこは“日本の中のアメリカ”であり、一般人が立ち入ることは許されない。いつか機会あらば……と虎視眈々チャンスを伺いつつ、本日ぶらりと向かうのは日本古来の駄菓子屋さんだ。
駅からはなかなか距離がありそうだし、タイミング的にもまずは腹ごしらえを先にしておこうかと、向かう途中にある中華料理店・神龍飯店に入ってみる。店頭に「純中国料理」を掲げて本格派をアピールしているが、雰囲気は至ってざっくばらん。価格もかなりリーズナブルだ。
ここのところの激務でやや疲れ気味だったので、スタミナをつけるべくニンニクチャーハンを注文。やってきたニンニクチャーハンのこんもりした盛り具合に相好を崩しつつ、一口頬張ってみると、かなり細かくクラッシュした揚げニンニクをしっかり炒めることでご飯をコーティングしており、ガツンと刺激的な味わい。卵、葱、ハムがその刺激を優しくサポートし、渾然一体となって口内を席巻していく。うん、これはいいお昼を引き当てた。
お店を出てさらに歩いていくと、商店が少なくなりやがて住宅街に入った。少し寒いが天気はよく、散歩には悪くない。足取りも軽く歩いていくと、地図が指し示すあたりにお店らしきものが見えてきた。自販機も置かれておらず、商店の看板も商品ポスターもなにもないので知らなければ前を通り過ぎてしまうだろう。よくよく見れば、庇に「ふうせん堂」と書かれてあった。
網戸を開けて入ってみると、こぢんまりとした店内に整然と駄菓子が並べられている見慣れた風景があった。棚の上の方には古い自転車のプラモデルなどが置かれているあたりに歴史を感じさせる。駄菓子が並んだ棚の後ろの壁には、色褪せた『ヴァンパイアハンター』(カプコン/1995)のポスターが貼られている。
視界の右端にチラリとゲーム機が見えたが、まずは駄菓子を購入することに。毎週のようにどこかの駄菓子屋に行くようになって、現在流通する駄菓子の中から選ぶ自分なりのクリンナップが固まりつつある。時期やその時の気分によって変化はするが、この頃はチョコやミニホットケーキ系の甘いお菓子を多めに選んでしまう。家に持ち帰って、ちょっと口寂しい時などに最適なのだ。
かごに入れた駄菓子のお会計をお願いすると、お店のおかあさんがソロバンを弾いて計算をはじめた。いちいちレジを打つよりこの方が早いのだろう。使い込まれたそろばんは黒光りしており、さらに懐かしさが深まっていく。
計算が終わり、お金を払う時に「こちらはいつ頃から営業されてるんですか?」などとお決まりの質問を投げかけてみると、はっきりした年はわからないが80年代からやっているようだ。ゲームが好きでこちらに来てみたことを告げると、昔はゲームが子どもたちに大人気だったことなどを笑顔で話してくれた。ゲームのメンテナンスをしてくれる業者が倒産して、現在は別の業者に引き継がれたそうだが、もう修理も叶わなくなっている機械もあるそう。「昨日も業者に連絡したんだけど、いつ来るやらね……」と苦笑い。
ゲームコーナーのラインナップは、ニューアストロシティに『機動戦士ガンダムSEED 連合vs.Z.A.F.T.』(バンプレスト/2005)と『メタルスラッグ2』(SNK/1998)。ブラストシティには『鉄拳3』(ナムコ/1997)、アストロシティには『ストリートファイターⅡ’』(カプコン/1992)のコピー品“レインボーバージョン”が入っているようだった。王道から邪道まで、このちょっとしたいかがわしさも駄菓子屋にはまた必要なのだ。さらに壁には『極上パロディウス』『餓狼伝説3』『ときめきメモリアル』と思わずニヤけてしまうポスターが貼られていた。これは想像以上にいい空間……!
そんな店内を眺めたり、許可をいただいて写真を撮ったりしつつ、おかあさんとツラツラ話をしていると、お店に飛び込んできた女の子が息を切らせながら「お兄ちゃん見なかった?」とおかあさんに尋ねた。おかあさんは「今日は見てないねぇ。公園じゃない?」と返答。すると女の子は勢いよく外に飛び出して行った。ほんの短いこのやりとりに、ふうせん堂の地域における存在感が強く印象づけられた。
どこの駄菓子屋さんも店主の高齢化が進んでおり、廃業が後を絶たない状況にある。こちらのお店も同様で後継者はいないという。お店に来ていた子供が後を継ぎたいと申し出てきたことがあったそうだが、「説明して辞めるように説得したわよ」と話すおかあさんのなんともいえない表情が、お店を出た後もしばらくは脳裏から離れなかった。
来た道を歩いて座間駅に戻り、小田急線に乗って3駅の相模大野駅まで行く。次の目的地は銭湯だ。
実はここのところ、この相模原市南区の銭湯「旭湯」を頻繁に訪れていた。昨年9月にフラリとやって来たら臨時休業に入っていて、しばし間を空けてから10月に再度訪れるもまだお休みは継続中。11月に今度こそとやってきたら、休業はさらに延期されていた。以後「ひょっとしてこのまま廃業してしまうのでは……」という嫌な予感が渦巻き、どうにも気になって放っておけなくなってしまったのだ。
さらに、1月に入り恐る恐るやって来てみると、煙突からはうっすら煙が上がっておりシャッターが上がっていた。「やった! 復活だ!」と勇んで駆け込むと、まさかの「本日は休ませて戴きます」の札が……。
かようにブンブンに振り回された想いに決着をつけるため、今日も途中下車して性懲りもなくやってきたというワケだ。近くまで来ると煙突が見えてきて、この間よりも濃厚な煙をもくもくと吐き出している。はやる気持ちをぐっと抑え入口を覗くと、今日はどうやら営業しているっぽい。よかった、ちゃんと再開してくれたのか「旭湯」……!
設備は少々くたびれているが、清潔な浴室と熱いお湯がなんとも心地いい。銭湯も駄菓子屋と同じく経営者の高齢化と後継者不足が大きな壁となって立ちはだかっている。親族以外に経営をバトンタッチするのが法律的にかなりハードルが高いということも相まり、次々とその姿を消していくのを見るたびに辛い思いをしている。数ヶ月のブランクで再び営業を再開してくれることは決して当たり前のことではなく、我々は常に感謝の心をもってお湯に浸からねば、と強く思った。
旭湯は番台タイプで、脱衣所を出るとロビーがなく、すぐにコインランドリーが並ぶ玄関になっている。風呂上がりで乾いた喉を潤したいと思ったら自販機でドリンクを購入し、洗濯機の脇に置かれたテーブル筐体で一服するのがいい。
入口の隅っこにポツンと置かれたテーブル筐体は『スペースインベーダー』(タイトー/1978)のインストラクションカードが入った純正品。筐体側面を見れば、旧タイトーロゴの入った所有シールも貼られている。鉄の部分には錆が浮き、木製のパーツはささくれてめくれ上がりそうになっていた。
この一台にふさわしい飲み物はやっぱり三ツ矢サイダーだろう。
ペットボトルではなくあえて缶入りのサイダーをグイと煽ると、乾ききった喉に炭酸の刺激が甘みとともに染み渡っていく。
一息ついて、テーブル筐体に缶を置きタオルで汗を拭いながらなんとなく外を眺める。夕暮れにさしかかり家路を急ぐ人たちが忙しなさそうに行き交っていた。せっかくだし、何も考えずにしばらくここでボンヤリすることにしようか。
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