【第15回】埼玉県飯能市「コーヒー苑」

埼玉県飯能市仲町。

西武池袋線にドンドコ揺られて、埼玉の飯能までやってきた。
特急を除く西武池袋線で池袋から1本で最も遠くまで行ける駅、それが飯能駅だ。かつては秩父の武甲山で産出された石灰石(セメントの原料)を運ぶ貨物輸送の拠点として栄えていた。現在は、わりとどこにでもあるようなありふれた郊外都市であり、駅前であってものんびりした空気を醸し出している。

この「ゲームある紀行」連載の第9回目で、JR東飯能駅隣にあるローカルデパート・丸広百貨店を訪れたことを覚えておられる方はいるだろうか。
期待に反してクレーンゲームくらいしかなかったため写真も掲載されておらず、おそらくほとんどの方の記憶にはないことと思う。もし、これを読み終えてさらに時間に余裕があるようであれば、あとで第9回をちょっと読んでみていただきたい。

丸広百貨ゲームコーナーの写真です

実はあの時もう一軒、この飯能市にあるテーブル筐体喫茶を訪れていた。JR八高線の東飯能駅と西武池袋線の飯能駅はわりと距離が近く、歩いて行き来することが可能だったので、飯能駅近くにあるお目当ての喫茶店までやってきてはいたのだ。では、第9回の記事でそのお店に触れなかったのはなぜか。そう、お店が開いていなかったからである。

この“テーブル筐体喫茶巡り”という趣味をやっていて、一番恐れるのは「お店の閉業」だ。折からの不況にコロナ禍が重なり飲食店の閉店が後を絶たない現在、訪れたがすでにお店を畳んでいたということは数知れず。お店の外観からは単なる定休なのか、それともやめてしまったのか判断がつかないケースも多い。前回訪れた飯能の喫茶店も、そのどちらなのかがパッと見でわからなかった。帰宅後にネットでいろいろと調べてはみたものの最近の情報がまったく上がってこない。もうやっていないというのならそれはそれで仕方がないが、もしまだ営業を続けていた場合を考えると、一刻も早く訪れないといつ本当に閉店してしまわないとも限らない……。
そんな強迫観念にも似た感情が心のなかで渦を巻き、居ても立ってもいられなくなって、またしても飯能くんだりまでやってきてしまったというワケだ。宿題を残したままでは気持ち悪いというのもわからないではないが、これはもうちょっとした病と言ってもいい。
これで閉業が確認できれば、いっそ諦めもつくことだろう。しかし、なんの貼り紙もなく閉まったままならば、いずれまたここまでフラフラと来てしまう。実際、そういう宙ぶらりん案件が幾つかあって、折に触れて訪れては失意のまま帰宅するということを繰り返している。それがまた一軒増えるかもという恐怖も乗っかり、心臓をバクバクさせながらお店へと向かった。やがて見えてきた店先の電灯看板にはうっすら明かりが点っていた。どうやらお店は営業しているようだった。途端に緊張から解放され、思わずガッツポーズをキメた。

コーヒー苑の外観です

珈琲専門店「コーヒー苑」は、飯能駅前すぐにある喫茶店。
ドアを開けると店員さんがすぐに気づき、入口付近のテーブル席に案内してくれた。椅子に着席するまでの数秒で、店内をすかさずサーチしたが視界の範囲ではテーブル筐体は確認できなかった。ちらりと後方を見ると座った位置からは死角になる場所があり、その奥が座席になっている可能性が考えられた。そして入口の脇には2階へと続く階段があり、団体客と思われる賑やかな笑い声が聞こえてくる。

まずは注文を決めてしまおう。この日はまだお昼を食べていなかったのでオムライス、それとブレンドコーヒーという組み合わせでお願いした。
コップの水をぐいとひとくち飲み、いったん心を落ち着かせる。テーブル筐体は、死角となっているお店の奥、あるいは2階に置かれていると予想された。
そこで作戦として、トイレを借りる時にさりげなく奥を確認するということに。カウンター奥の厨房でオムライスの調理が始まったのを確認してから、すっと椅子から立ち上がる。別の店員さんにトイレの場所を尋ねると、狙い通り店の奥だというので行ってみる。そこにテーブル筐体はなかった。というかそれを置けるスペースもなかった。

となると2階にある可能性が濃厚となった。だが、2階となるとさりげなく行くことはほぼ無理だ。最初に1階に陣取った客が、なんの理由もなく2階の階段を上がるのはどう考えても不自然であり、こうなると来店理由を明かした上で「お願いですから見せてください」と頼む以外、方法がない。
正直言えば気が重い。こうした場合は基本的に、写真撮影の許可と掲載をなるべく端的に伝えるのが常なのだが、「こういうゲーム機に興味がありまして…」とあたかも偶然ここで見つけたかのように装ってお願いするのが必勝パターンである。
今回のケースは、1階からではその存在が確認できない状況にあるため「あるかどうかわからないテーブル筐体を見たいから2階に行かせてくれまいか」と頼まなければならない。さらに言うならば“テーブル筐体”などという専門用語ではなく、“ゲーム機”とか“ゲームが出来るるテーブル”とか誰にでもわかる言葉に言い換える必要があり、一層面倒くさい。
だが、はるばる飯能まで再訪して手ぶらで帰るワケにはいかない。どうせこのまま帰ったとて後悔してまたやって来てしまうのがオチだ……などとすっかりネガティブになった思考を頭の中でグルグル巡らせているうちに、注文したオムライスがやってきた。

オムライスの写真です

黄色の薄焼き卵にフワリとくるまれ、赤いケチャップが引かれた見事なオムライスを見たら、急にお腹がとても空いていたことを思い出した。
オレンジに染まったキチンライスと薄焼き卵、そこにケチャップをちょいと付けスプーン上でまとめてパクリと一口。それぞれの味の主張がやがて渾然一体となり、美味という歓喜で口内が満たされる。そこから夢中で食べているうちに、先程までの様々な動揺が嘘のように落ち着いてきた。ふと見上げたら、席の真正面に1枚の貼り紙があることに気がついた。

コーヒー苑店内の案内です

2階の案内が書かれたその貼り紙には写真もあり、よーく見ればそこにテーブル筐体も写っていた。オムライスを頬張りながら「冷静じゃないと、こんなに近くのものも見えなくなってしまうんだな」とひどく反省した。
そうだ。「こちらの2階にゲームのテーブルがあると知り、やってきました。不躾なお願いで恐縮ですが、2階に上がらせていただき写真など撮らせていただいてもよろしいですか?」と堂々と聞いてみればいいのだ。まぁ多少は変な人だと思われるだろうがそれは紛れもない事実だし、ただそれだけのことだ。
美味しいオムライスと、気持ちがホッと落ち着くブレンドコーヒーによって自分を取り戻し、お会計の際に店員さんにお願いしてみたら、あっけなく許可をもらえた。階段を上がってみると、先程まで賑やかだった団体客はすでにおらずすっかり落ち着いた雰囲気。

コーヒー苑の2階です

フロアの中央辺りに置かれたテーブル筐体には、『テトリス』(セガ/1988)のインストラクションカードが入っている。基板が入っているのかどうかはわからない。本来1Pと2Pが横並びでプレイするのがテトリスだが、2P側にもコンパネが付いていた。このことからテトリス以前も別のゲームが稼働していたことが推測できる。「このコンパネ、昔はよく見かけたなぁ」などと思いながら、1P側をヒョイとのぞいてみて驚いた。

テーブル筐体の写真です

なんと『ソンソン』(カプコン/1984)の純正パネルがはめられていたのだ。レバーとボタンは何度か交換されたのだろう、色も形もバラバラになっており、1ボタンゲームであるソンソン以外でも使用された証として2ボタン仕様に改良されている。そしてソンソンとトントンが描かれたパネルはだいぶ汚れてはいるもののしっかり健在だった。

どうにか出会えたことに満足して階段を降り、帰り際にひとことお礼を言うついでに聞いてみたところによると、あの筐体は動かなくなってからだいぶ経つらしい。さらに奥の方にはもう1台動かなくなったモノがしまわれているとも教えてくれた。

外は刻近くになっていた。考えすぎていいことってそんなにないかもな、と今日の脳内騒動を反省したが、ミッションを完遂できたことでひとつ荷物を下ろした気分だった。どれ、帰りは行きとは別のルートにしてみよう。八高線で八王子まで行ってみるかと東飯能駅に向かって歩き出した。

 

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著者紹介
さらだばーむ

目も当てられないほど下手なくせにずっとゲーム好き。
休日になるとブラブラと放浪する癖があり、その道すがらゲームに出会うと異様に興奮する。
本業は、吹けば飛ぶよな枯れすすき編集者、時々ライター。

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