【第11回】埼玉県羽生市「Heavenly Pinball」

埼玉県羽生市。

今年の9月下旬に、アーケードゲーム博物館計画さんのラスト熊谷倉庫開放にお邪魔した後に秩父鉄道で羽生駅まで来ており、それ以来わずか1ヶ月ぶりの羽生である。
自宅からここまで約2時間半、運賃は片道1500円ほどかかるというのに気軽に来すぎと思わないでもないが、なにせビッグイベントがこのあたりで頻発するもんだからしょうがない。

羽生駅の外観です

この日の目的はズバリ「ピンボール」である。
1980年代からアーケードゲームを愛してきた者が誰もが一度は通る道、それがピンボールだ。キャビネットの左右脇に一個づつ付いたボタンでフリッパーを上下させ、ボールを下に落とさぬよう打ち返しながらコントロールを続けることで点数を稼ぐこのゲームは、シンプルでありながら異様に奥が深い。上手い人でもわずか10秒で3つの球を立て続けに落としてゲームオーバーになることもあれば、初心者がまるで重力を支配したかのように好調にプレイし続け、ちょっと調子に乗った瞬間に変な角度からアウトレーンへと球が吸い込まれることもある。デジタル制御のビデオゲームと違った“見えざる手による采配”に抗うゲームとでも言ったらいいだろうか。
フィールド内を駆け回る銀球を目で追いかけているうちに、脳汁がドバドバ出はじめるというピンボールでしか味わえない悦楽を知ってしまうと、突然に居ても立ってもやりたくて仕方なくなる中毒性の高い娯楽なのである。
しかし、令和5年ともなるとピンボールを快適にプレイできる環境は極めて少ないと言わざるを得ない。そんなレアな存在になりつつあるピンボールを存分にプレイできる機会があるならばそれは逃したくないと、はるばる羽生までやって来た次第だ。

東武伊勢崎線羽生駅に着いた時点で、時刻は昼13時近くになっていた。朝から何も食べていないお腹は抗議の唸り声をあげている。これからハードなピンボールプレイを繰り広げるワケだし、少し軽めにうどんでもいただいていくことにしよう。
羽生駅から歩いてすぐの場所にある「小川ゆでめん」にフラリと入店。

小川ゆでめんの外観です

“ゆでめん”と屋号に入れているうどん屋は他に聞いたことがない。店内は一部の隙もなく、由緒正しい昭和のうどん店の趣き。各テーブルに卓上星座占い機がごく自然に置かれているのがなんと言えずシビれる。
メニューを見ると、もり・かけうどんが390円と恐ろしく安い。他も軒並み安く、4桁を越えるメニューは3つしかない。これはもはや立ち食いそば屋の価格設定じゃないか。
実は、今年の6月に全メニューの一律30円値上げをしたと申し訳無さそうに女将さんが謝った。こんなお客第一の真摯な商売をしている人に散々謝らせるような政治の無策こそ責められるべきだ! などと社会派の感じを出しながら心の中で憤っていると、注文した「大天ひもかわ・もり」510円がやってきた。

ひもかわうどんの写真です

ドンブリいっぱいに盛られたやや幅広なひもかわは、白く艶めかしい。その上に乗ったかき揚げは揚げたてではないようだが、噛みしめるとじんわり甘く、これをうどんツユに浸してひもかわとともに勢いよく啜れば、思わずニンマリ笑みが溢れる。
屋号入りの小箱に入った一味をかけてみようと蓋を開けたら、ふわっと唐辛子の香りが鼻腔をくすぐった。瓶入りの一味では感じたことのないこの芳香に興奮し、そこからはもう一気に啜り切ってしまった。
加須、熊谷、鴻巣など名物うどんを擁し、「関東のうどん県」の異名を取る埼玉県には、やはりうどんの名店が多い。これはいい昼食となったと上機嫌で次なる目的地に向かうことにした。

羽生駅から歩くこと30分弱ほどで埼玉県道84号という大きな幹線道路沿いの、看板も出ていない何の変哲もない建物に到着。入口にいた案内の方に声をかけ、予め来店予約していたことを告げる。促されて店内に入ると照明はやや薄暗いため、シチュエーション含めて闇カジノにでも来たような気分になってくる。しかし聞こえてくるのは、ベルのような機械音やちょっと懐かしめの電子サウンド、ややくぐもった英語の音声合成など独特な音が混じり合った心躍る喧騒。

ここが、この連載コラムを掲載しているBEEPが主催するピンボールイベント“Heavenly Pinball”だ。

ヘブンリー内の写真です

このピンボールが無料で遊べるイベントは以前から何度か開催されていて、私もこれまで2回ほど参加させてもらっていた。ピンボールはアメリカやヨーロッパを中心に海外で人気が高いが、それと比較すると日本国内ではプレイヤーもコレクターもさほど多くない。大阪西心斎橋の“THE SILVER BALL PLANET”、愛知の“日本ゲーム博物館”(休館中)がその台数と規模で有名なピンボールコレクションを誇るが、意外と関東にはまとまった台数が稼働する施設は存在しなかった。それが突然、埼玉の羽生という地に出現しピンボールファンは狂喜した。同時に「世の中には個人でこれだけのコレクションを持つ人がいるもんなんだなぁ」と思ったのである。

ところで、このピンボール倉庫のわりと近くにBEEPの本社があるのをご存知だろうか。秋葉原に店舗があるためそちらが本拠地かと思いきや、やはり大きな倉庫が必要な商売となると郊外のほうがメリットは大きいのだろう。そのことには以前から地図を見て気づいていたので、コラム担当との雑談の中で聞いてみたら、実は“Heavenly Pinball”はBEEP関連施設(イベント)であることを知った。しばらくして新たに立ち上がったXの公式アカウント“Heavenly Pinball Team”(@HeavenlyBEEP)には「BEEP Presents」という表記が入り、改めて本格オープンが告知された。

このコラム「ゲームある紀行」は、ぶらっと訪れた先で出会うゲームを愛で慈しむというコンセプトであり、ピンボールももちろんその対象だ。今回はやや案件チックなタイミングで執筆されているが、いつかは紹介したいなと思っていたのがたまたま今だっただけであることは事前にお断りさせていただきたい。まぁ、掲載の許可取りが極めて簡単という動機は否定しないが。

とにかく、この空間では130台近くのピンボールが一気に稼働している。
以前来た時は整備中の台が結構あり、メンテナンスだけでも気が遠くなりそうだなと思ったが、今回は大部分が実動していた。その時代ごとのメカトロニクスの粋を尽くして構成されるピンボールマシンにおいて、これはもう偉業と言ってもいいくらいだ。
入口から奥に行くほど時代的に古いマシンが並んでおり、一番奥はバンパーに跳ね返る音やベルの響き、そしてドラム式カウンターが回る機械的な音などが印象的なエリア。

ヘブンリー内の写真その2です

列がズレるごとに、バックグラスのイラストが現代風になっていったり、スコア表示がドラム式からデジタルに変化したり、演出表示がドッドマトリクスから液晶になったりと、時代によって進化していくさまが見られるのも楽しいところだ。
ピンボール本体フィールドのパーツ配置もどんどん立体的になり、定められた規定枠内をいかに広く、いかにスピード感を生み、ストーリーや演出に説得力を持たせるか、開発者たちの試行錯誤とアイデアが看て取れる。
ストイックに一台と向き合うもよし、次々と台を替えピンボールの歴史の流れを感じつつ学ぶもよし、友達同士ワイワイとスコアを競うもよし。このズラリ並んだ迫力の台数はピンボールの楽しみ方を何倍にもしているように感じた。

ピンボール台の写真その1です
ピンボール台の写真その2です

個人的に、古めのところからのオススメは、ゴットリーブの『MARVEL’S THE INCREDIBLE HULK』(1979)。「超人ハルク」の版権を使用したマシンで、アウトホールからの跳ね返りで何度か復活できたりして、初心者でも遊びやすい印象だった。それと、電子音の華やかな広がりがとても美しく、それが聴きたいがために何度もプレイしてしまった。

ハルクのピンボール台の写真です

ピンボールがメインだが、ビデオゲームも数台置かれており、『ジャウスト』(ウィリアムズ/1982)『ディフェンダー』(ウィリアムズ/1981)『ロボトロン2084』(ウィリアムズ/1982)『バルザーク』(スターン/1980)など、ピンボールと縁の深いメーカー製タイトルが多めなのが特徴。
中には、まずお目にかかれない激ヤバタイトルも混じっており、電源が入っていないものはスタッフに確認した上で遊んでみてほしい。

ビデオゲーム筐体の写真です

これらがすべてフリーで遊び放題とはどういう仕組みだ! 少しは金を払わせてくれぃ! と叫びたくなるところだが、そのあたりは日本の風俗営業法のややこしいところでもあり、ゲームセンター経営の闇の部分だったりもするので一刻も早く実態に則した法改正を……などと願いつつ、とにかく時間を惜しんでプレイを大満喫した。
なお、“Heavenly Pinball”は今後も定期的な開催を予定しているようで、次回は12月に行われるとのことなので、気になる方は公式アカウントをチェックしてほしい。

ヘブンリー内の写真その3です

心地よい腕の疲れを感じつつ、ソファで休んでいるとコラム担当が現れ、メシに誘われた。羽生駅からほど近い路地の裏手にひっそりと店を構えるホルモン店「新井屋」。
タン、ハツ、カシラなどがミックスされた赤モツをロースターで炙って味噌ダレでいただけば、その新鮮さに思わず目を瞠る。この佗びた雰囲気、文句のつけようのない肉、そして驚異的なお値段。噂では酒もめちゃ濃いめに出てくるそうだが、下戸の私は確認できなかった。ピンボール帰りにぜひ体感していただきたい(かなり狭いお店で繁盛しているため、お時間に余裕のあり、電車で帰れる方限定かも……)。

新井屋の店内写真です

様々に欲求を満たしまくり、羽生恐るべし……! という感慨を抱きつつ、2時間半の帰路につくのであった。

 

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著者紹介
さらだばーむ

目も当てられないほど下手なくせにずっとゲーム好き。
休日になるとブラブラと放浪する癖があり、その道すがらゲームに出会うと異様に興奮する。
本業は、吹けば飛ぶよな枯れすすき編集者、時々ライター。

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