埼玉県飯能市。
JR八高線東飯能駅のホームに下り立つと、いまにも雨が落ちてきそうな灰色の空が見えた。改札を出てあたりを見渡すと、駅直結のショッピングセンターらしき入り口があり、自然とそちらに引き寄せられていく。
ここが埼玉県にのみ出店しているローカルデパート、丸広百貨店だ。
現在は川越に本社と本店を置く丸広百貨店の創業の地はここ飯能だった。それほどに愛着がある地であったがために、かつてはこの小さな街に2店舗の百貨店を構えたが共倒れとなり、現在の東飯能駅前の8階建てビルに統合する形に落ち着いた……などという、ローカルデパート、ローカルスーパー好きにしか興味がないであろう豆知識を思い出しつつ、エスカレーターを上がっていく。土曜日の夕刻にしては客が少ないフロアを眺めていると「ゲームコーナー」と書かれた案内表示に目がとまる。
“ローカルデパートのゲームコーナー”というシチュエーションに否応なく高まる期待。だが、令和の現実は極めて冷酷だ。プライズ系のみのこぢんまりとしたゲームコーナーをぐるりと一周し、すぐにエスカレーターを下る。ここにレトロゲームがあれば完璧なのになと想像しつつも、それがどれだけの集客に繋がるかは疑わしい。レトロなデパートにレトロなゲーム。それはもはや、幻想の域に入っている気がした。
より一層どんよりと重苦しくなった空を眺め、再び八高線に乗る。目指す北藤岡駅はもう群馬県で、到着まで約1時間半ほどの旅となる。車窓から眺める風景が徐々に暗くなっていき、途中で完全に夜の帳が下りた。この頃、日が落ちるのは早くなったわりに暑さは夏のままという異常な状態が続いていたが、下車した北藤岡駅は少しひんやりとして気持ちがいい。
駅に到着して大きな勘違いをしていたことに気づいた。JR八高線と高崎線は併走区間があり、北藤岡駅は両路線にかかる駅なのだと思い込んでいたのだ。地図をグッと拡大してみると高崎線は少し離れたところにあった。つまり、このあと高崎線で熊谷方面に向かうとなると、一旦北藤岡から高崎に向かい、その後改めて高崎線に乗車する必要がある。問題は高崎行きの列車が北藤岡駅に到着する時刻だ。20時台は1本のみ、それを逃せば次は21時台まで待たねばならない。現在時刻はちょうど19時。ざっくり一時間ほどで目的を果たす必要があった。
幸いにも目的地は駅チカだった。歩いて5分ほどで「クリーンベスト藤岡立石店」に到着。いわゆる郊外型のコインランドリー店で、大型の洗濯機と乾燥機がずらりと並んでいる店舗の隣にはゲームコーナーが設置されている。これがなかなかの本格派で、アストロ筐体とニューアストロ筐体には『アルカノイド』(タイトー/1986)、『ストライカーズ1945II』(彩京/1997)、『MELTY BLOOD Actress Again』(エコールソフトウェア/2008)や、麻雀、将棋、パズル、さらにはプライズ、エレメカ、パチンコ、パチスロと、洗濯客を決して退屈させないぜ! という強い意志を感じるラインナップだ。
それもそのはず、ここは以前「アミューズセブンティーン セガ」というセガの系列店だったのだ。現在はフランチャイズを外れ看板はおろしたものの、うっすらと「SEGA」の文字は確認できる。入り口の営業案内ボードにも当時の名残が残されていた。この水色文字の案内ボードにセガ味を感じる人も多いだろう。
テーブル筐体も2台設置されており、『ストリートファイターⅡ』(カプコン/1991)と『麻雀 同級生』(メイクソフトウェア/1995)と、どちらも“初代”が入れてあるあたりにこだわりを感じる。さらにエレメカも近年のタイトルからカトウ製作所の『クレーンパンダ』、エポック社の『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』といった懐かしい台まで通好みのものが並べられている。なんというか、只者の仕業ではない。
外観の写真も撮っておこうと外に出ると、国道17号線を挟んだ向かい側にほんのりと明るい建物が見えた。老眼を凝らして看板を読むと「オレンジハット」とある。
え、オレンジハット? こんなところにあったの!? と腰を抜かした。
オレンジハットとは群馬県を中心に展開するコインスナックチェーン。本連載の第5回で紹介した「オートパーラーまんぷく」の時にも触れたように、うどん、そば、ハンバーガーなどの軽食を提供する自動販売機が置かれ、運転に疲れたドライバーのちょっとした休憩所となる商業施設が“コインスナック”だ。オレンジハットが数店舗あることは知っていたものの、自動車を持たず電車とバスと徒歩で移動する身としては、訪問するには立地的にややハードルが高く行きづらいなという認識だったのだ。
急いで信号を渡り近くまで行ってみる。
おお、ここがあのオレンジハット……! と感動するも、なんだか店内の様子がおかしいことに気づいた。大きな窓から見える店内がやけにガランとしているのだ。明らかに長期に渡って置かれていた大きな何かが撤去された跡……。入り口まで来てその理由が判明する。
貼り紙を見た瞬間、以前SNSで見た閉店情報を思い出した。あの時タイムラインを流れていったオレンジハットの閉店とは、この店舗のことだったのか……!
貼り紙を見つめたままただ呆然と立ち尽くした。
気を取り直し、建て付けの悪い引き戸を開けて店内に入ってみると、ヤニが染み付きホコリと一緒になったような匂いが鼻を突いた。そこら中にシミがある天井と壁。どこかで時を止めてしまったゲーム機たち。正面側の壁にはかつてズラリと自動販売機が並んでいたのだろう。食事ができるように設置された作り付けのテーブルと椅子の具合がなんともレトロだ。
見下ろし型のプライズ機『ラッキークレーン』に入っているのは、カプセル入りの女性下着だ。アミューズメント業界の自浄努力により健全宣言を掲げるまでに至ったゲームセンターだが、それ以前はゲームセンターもコインスナックもどこかアダルトな雰囲気を漂わせていたものだ。タバコの煙で霞む店内に置かれたパンツ入りクレーンゲームは、その象徴であったようにも思う。
誰が、なんの目的でカプセル入りパンツを取るのか。果たしてそのパンツを履く者とは女なのか、それとも男なのか。いやそもそも本当に履くのだろうか……そんな悶々とする疑問を頭の片隅に置きながら、少年は大人へと成長していったのだ。
ふと見ると、建物の前に停まった軽トラックに店内のゲーム機が積み込まれはじめた。
「オートパーラーまんぷく」の時は閉店を知ったうえで訪ねたが、今回はそもそもお店の場所の存在も知らず偶然たどり着き、そしてはじめて来た時が偶然にも閉店間際のタイミングだったことは、ある種の幸運には違いない。ゲームセンター、駄菓子屋、銭湯、食堂など移りゆく時代に抗いながら営業するお店を巡っていると、まれにこうした“呼ばれた”とでも言うべき出来事に遭遇する。
その歴史も、思い出も、なにひとつ共有することなく行きずりに看取る“空虚なる無念”はあまり大声で述べるものではないと自戒しているが、その無念にも一片の本心はこもっていると改めて感じた。
さて、そろそろ電車が来る。
この旅はまだ続くが、それはまたいずれ。
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