東京都小金井市。
毎月のレギュラー仕事がいつもより早めに決着し、やれやれと安堵の息をつく。
今回はいつ転がり落ちてもおかしくないギリギリの進行が続き、クライアントへの直接謝罪も頭にチラつき始めていたが、突然あれよあれよとピースが指定位置にはまっていきあっという間に仕事が完了してしまった。たまにこんなこともあるんだよなぁと気が抜けたようになっていたら、なんだか妙にひとっ風呂浴びたくなってきた。
普段、自宅では浴槽に湯を張らずシャワーで済ますことが多いので、急に湯に浸かりたくなることがまれにある。今日はそういう日だったようだ。
いそいそと帰り支度をし、やって来たのはJR中央線武蔵小金井駅。
帰る方向の途中にあって、今日の気分に合いそうな銭湯を脳内検索にかけて導き出された答えがここだった。
改札を出て北口へ向かう。この駅では何度か下車して散歩もしているのだが、来るたびに軽い混乱を引き起こしてしまう。中央線で言えば新宿側から武蔵境駅、東小金井駅、武蔵小金井駅の順で並んでいるが、どれも“武蔵”と“小金井”の組み合わせになっているため混同しやすい。さらに、どこも駅前が似たような印象なのが拍車をかけ、駅名と駅前風景がその都度シャッフルされてしまうのだ。
まずは一旦立ち止まり、じっくりと北口と南口を眺め、さらにGoogleMapと見比べて間違いがないことを確認してから歩きはじめる。
日が沈みかけているとはいえ、日中の熱気はまだそこらに滞留していた。買い物客がスーパーから出てきて、自転車がその間をすり抜けていく。裏通りの飲み屋からは酔客のにぎやかな声も聞こえてきた。武蔵小金井は中央線では少し小さめな駅だけど、騒がしすぎず静かすぎない、ちょうどいいくらいの活気が好みだし、この日の気分にピタリと合っていた。
改札を出てから20分くらいだろうか。駅前商店街からもしばらく歩いた住宅街の一角にある銭湯が「ぬくい湯」だ。
工務店と一体になった少し不思議な入り口にかかった暖簾が銭湯の目印。中に入ると味わい深く、古式ゆかしい湯屋の世界が広がる。
この銭湯は、熱い湯が好きなお客さんのためにオープンからしばらくの間お湯の温度を高めに設定しているという。実に細やかな配慮だ。ほぼ貸切状態のお湯にゆっくりと浸かり、ここしばらく激闘が続いた仕事の垢を落とす。疲れは癒えたが、入りすぎたせいかグニャグニャになって外に出た。
ふと入り口脇を見ると、ここの銭湯の子どもが作ったのだろうか「ぬくい湯ニュース」なる小さな新聞が貼り出されていた。身の回りの様々な出来事が書かれていて、読んでいるだけでほっこりする。俳句コーナーの「ぬくいゆは いつもあついが たまにぬるい」という名句に思わず唸る。
湯上がりのホカホカで駅に向かう。すっかり日は暮れ、気温も少し落ち着いていた。もう秋の気配を感じる。これからが銭湯の“おいしい”季節なのだ。
そうだ。せっかくここまで来たんだし何か食べて帰ろうか。お昼はカツサンドを食べたのでそんなに腹は減ってはいないが、少しなにかを食べたい感じ。以前ランチで一度行ったことがあるお店を思い出したので、線路を渡った駅の反対側に行ってみることにした。
武蔵小金井駅南口の商店街エリアを抜けて、そこからちょっとした路地に入る。看板の電灯で営業していることがわかり、ほっとする。
「コーヒー&パブ KEN」。蛍光灯で光る看板で営業しているのはわかるが、カーテンで扉と窓が隠してあり中が見えない。少し躊躇するも思い切ってドアを開けると、すぐに気づいたマスターが迎え入れてくれた。
お店に入って右前方に、テーブル筐体が置かれているのを確認し安堵した。
以前この店を訪れたのは約1年ほど前のこと。たった1年だが飲食業界、そして“テーブル筐体喫茶店”にとってはあまりに過酷な1年であったことは想像に難くない。閉店また閉店という悲しいニュースばかりが耳に届くことが続いているからか、目当ての店を訪れる時、特に歩いていってお店が近づいてくる時は、徐々に緊張が高まり、心臓は早鐘を打ちはじめ、最後には祈るような気持ちになってしまう。
マスターに「ここ、いいですか?」とテーブル筐体席への着席を確認する。
椅子に腰を下ろすと、自然とインストラクションカードの女の子に目がいく。ここのインストはみんな大好き「スーパーリアル麻雀PⅥ」(セタ/1996)だ。麻雀の打ち筋で女の子の評価が変化するワクワクエモーションシステムを採用し、来宮ゆかり、栗原真理、香山タマミ、クリス・ガーランドのヒロイン4人構成で人気を博した麻雀ゲームだ。
「ジャンピューター」(三立技研/1981)のヒット以降、数え切れないほどの麻雀ゲームが製作されたが、今風の女の子キャラクターがアニメーションで脱衣する「スーパーリアル麻雀Ⅱ」(セタ/1987)の出現は衝撃的だった。このムーブメントはあっという間に麻雀ゲーム業界を席巻し、その後数年はスーパーリアル麻雀フォロワーにより、数多くのアニメ調麻雀ゲーム、女性キャラが誕生した。当のスーパーリアル麻雀もシリーズ化し、後に脱衣麻雀というタブーを乗り越えコンシューマー機移植を果たすほどのジャンルへと成長していく。
喫茶店に設置されたテーブル筐体は、稼働非稼働を問わず圧倒的に麻雀ゲーム仕様のものが多い。しかし、その中でアニメ調の麻雀ゲームというのは少ないというのが実地観測からは感じられる。そもそも脱衣麻雀であることを考えれば場所柄、当然ともいえるのだが、喫茶店という場所で麻雀ゲームをプレイする年齢層もそれに関係しているだろう。アニメ絵を好む層が喫茶店で日常的に麻雀ゲームをするとは到底考えにくい。……と、麻雀コンパネをじっと見つめながら、眉間にしわを寄せて考え事にふける気持ち悪い客の前に、注文した品が運ばれてきた。
この店の名物メニューのひとつ「バーガー」だ。
ハム、チーズ、ベーコンの三種から具を選び、その他にハンバーグ、レタス、トマト、玉ねぎをケチャップとマヨネーズでまとめ、耳付きの食パンでサンドしている。見ただけでボリュームに圧倒されるが、食べはじめるとこれが案外スイスイいける。メニューにはサンドイッチもあるのだが、その大きな違いはパンの耳の有無。これは食べごたえに変化をつけ、その時の腹具合でメニューを選べるようにとの配慮によるものだ。
さらにアルミホイルに巻かれているのも「食べやすいように」というマスターの心遣い。もしもアルミホイルがなかったら、パンの隙間から具とソースが氾濫決壊して、麻雀コンパネをダメにしてしまうところだ。
この日は他にお客さんがいなかったので、少しマスターに話を聞いてみた。
お店は創業して今年で47年だそう。つまり1976年から営業していることになる。ゲーム機について話を向けてみると、やはりインベーダーブームの頃に「スペースインベーダー」(タイトー/1978)を導入したのが始まりだという。そこから様々な過程を経て、最終的に麻雀ゲームで終息するという、まさに“テーブル筐体喫茶あるある”を体現していた。
最後に残ったタイトルが「スーパーリアル麻雀PⅥ」というのは、どこか土地の奇縁めいたものを感じさせる。聖地と言っても過言ではないくらいアニメ制作会社が密集している中央線沿線西側地域の小さな喫茶店にもその息吹が残っているような、そんな気がしたのだ。たぶんに感傷的なこじつけのような気もするけど。
最近は各地の喫茶店の営業時間が短くなる一方なのだが、このコーヒー&パブ KENは、なんと夜中12時まで営業している。「お客さんが来ないと思ったら早めに閉めるけどね」と笑って話すマスター。昼間の喫茶店ももちろんいいのだが、夜中の喫茶店というのも独特の雰囲気があってとても素敵だ。
すっかり夜も更けてきたので、代金を支払ってお暇することに。マスターは「また来てね」と笑顔で見送ってくれた。店を出て歩き出してから、ふと「『スーパーリアル麻雀PⅥ』は脱衣しない設定にできるんですが、このお店ではどっちの設定にしてます?」という質問をし忘れたことに気づく。
立ち止まって少し考えてから、またの機会にすることにした。
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