【第7回】東京都港区「カフェ&バー NEW FLAG」「純喫茶 もくもく」

東京都港区芝。

都営浅草線を降りて地上に出てみると、まったく見覚えがない景色が広がっていた。
この三田駅も、すぐ近くにあるJR田町駅にもこれまでまったく縁がない。
母からは、遠~い親戚が住んでいるという話を聞いたことがあるが、だからといって会ったこともない親戚を訪ねる理由もなく、三田というと「ラーメン二郎の本店がある街」くらいのイメージだ。

商店街入口の写真です
現在地をGoogleMapで見てみると、ここは飲み屋街らしい慶應仲通り商店街で、このまま歩いていくと慶応義塾大学がある。さらにまっすぐ行ったことろに二郎本店があるようだ。何も知らない街だけど、たった一箇所でも知っている店があるだけでなんか安心する。

平日昼間の慶應仲通り商店街はわりと落ち着いた雰囲気。夜は学生たちで賑やかになったりするんだろうか。新型コロナウイルスの影響で乱されていた学生生活が少しずつでも元に戻って、同時に夜の盛り場も活気を取り戻していればいいななどと願いつつ歩いていると、目的のお店に到着した。暑いので駅チカが嬉しい。

カフェ&バー NEW FLAGの外観です
店内に入るとなんだか薄暗い。灯りはあるのだが、窓からの光の方が強く奥へ行くほど暗くなっていて落ち着く雰囲気だ。どこでもいいというので、一番奥の大きな木のテーブル席に腰を下ろした。
「カフェ&バー NEW FLAG」という名前のこちらは、以前は“NEW”が付かないただの「FLAG」だったが、最近リニューアルオープンして名前を変えた様子。GoogleMapでも食べログでもまだFLAGのままだ。さらに昔は「ペナント」という名前の喫茶店として52年間営業した後、常連客が場所を引き継いで現FLAGを開店したということらしい。
ここは“テーブル筐体喫茶店”の調査をしていた時に知ったお店だったが、なかなか来ることができなかった。なにせこのあたりに来る用事もなかったし、情報によるとFLAGの営業はディナータイムのみで、価格がややお高めという印象もあったため、後回しにしていたのだ。最近では新型コロナウイルスの流行があったため、あらゆる経済活動が麻痺し、巻き込まれる形でFLAGも休業に入ってしまっていた。
しかし、先日ふいにSNSでFLAGに行ってカレーを食べたというツイートが流れてきて調べたところ、営業再開したことがわかりこうしてやってきたというワケだ。

テーブルとテーブル筐体の写真です
座った席の前にテーブル筐体があるのだが、これはどういう状況だろう。
筐体は分厚い木の天板2枚の間に挟まれ、どこか窮屈な印象を受ける。
インストラクションカードは『麻雀 雷神牌』(ダイナックス/1996)で、コントロールパネルの麻雀ボタンが内側に脱落しかけており、すでに動かなくなっていることを物語っている。
ゲームの説明カードの写真です

横から覗き込むと、両脇で存在感を放つ分厚い木の天板の下にもそれぞれテーブル筐体が置かれていることがわかる。そう、つまり3台横並びに置かれたテーブル筐体の端2台の上に天板を設置した特殊な長テーブル仕様に仕立てているのだ。どうせならすべてを木の天板で覆い隠せばそんなに目立たないのに、予算の問題かサイズの関係か……。
3台のうちの1台はレバー&2ボタンコンパネ。テーブル筐体喫茶では、麻雀台よりもレバーコンパネのほうが数倍アガる。この天板をどかしてインストラクションカードを確認したい欲求にかられるが、実行する勇気はない。あと、逆側のもう1台の筐体チェックがすっぽり抜けてしまっていたことが後に判明する。これはもう一回お店に行くチャンスだと思うことにしよう。

テーブルとカレーの写真です
いつものようにキョロキョロとチェックしていると注文していたカレーが到着。
この日のスパイスカレーはゴロリと大きなスペアリブ入り。香辛料のいい香りを感じつつさっそく一口頬張ると、複雑なコクとほどよい辛さが口腔内を席巻した。カフェのカレーと少々侮っていたが、どうやら他にもカレー専門店を経営しているようでなるほど美味しいワケだと納得。
スパイスカレーを堪能し、時々手元のレバーを意味もなくガチャガチャと回してたりできるテーブル筐体。前のお店からそのまま引き継いだ年季モノとのことだが、テーブルとしての使い勝手はともかく、末永くその存在感を遺憾なく発揮してもらいたいものだと願いつつお勘定を支払い、お店を出た。

お店を出てすぐ脇に狭くて急な階段がある。今度はそこをゆっくりと慎重に上がっていく。
階段の写真です

カフェ&バーNEW FLAGの真上、同じ建物の2階にあるのが「純喫茶もくもく」。
店名からも分かる通り、昨今の愛煙家には貴重な喫煙可喫茶店だ。こちらは昨年オープンしたばかりのニューカマーで、実はテーブル筐体が置かれている。
つまりこの2階建ての雑居ビルは、1階と2階の別店舗のそれぞれにテーブル筐体があるという珍しい物件なのだ。

階段を登ってお店に入ると、左手のソファ席にテーブル筐体が見えた。店員さんに許可を取ってからその席に腰を下ろし、改めて店内を眺めてみる。1階とはうって変わって明るい店内では、お客さんがリラックスした様子で一服しながら思い思いの時間を楽しんでいる。
私はタバコは吸わないが、かつてはどこにいても紫煙に燻されるという経験をしてきた世代でもあるので、いまでも喫煙空間はさほど苦ではない。むしろ、どちらかといえばもはや懐かしさを感じる匂いになってきたようにも感じる。

テーブル筐体はミドリとピンクのレバーとボタンのコンパネが付いた三木商事のもの。筐体のガワをレストアし、エミュレータ基板を収めた台のようだ。1階のNEW FLAGは旧喫茶店時代から引き継いだテーブル筐体が現在まで生き残ったスタイルで、2階のこちらは、新規店舗のニューアイテムとして導入したスタイル。エミュレータ基板の功罪についてはここでは触れないが、そういう選択をするお店が実際に増えてきているのもひとつの現実だ。

カレーを食べたばかりなので、ここはデザートで自家製プリンを注文。
テーブル筐体の写真ですテーブル筐体のコントロールパネル部です
ホイップとチェリーで可愛くデコレートされたプリンは硬めでやや苦めの大人味。ステンレスのアイスカップに乗ったレトロな感じが実にテーブル筐体とよく似合っている。
NEW FLAGの店員さんに聞いたところによると、かつてここ2階は雀荘だったのだそう。大学からも近い学生街で、多くの企業が密集するビジネス街でもある三田は、大人の遊びを覚える街でもあったのだろう。思い出として留まることすら許されないほどすごいスピードで街は移ろってゆく。それでも、すべてが変容してしまうのではなく微かに名残を遺しながら進んでいるのかもしれない、などとエミュ基板のゲームリストを眺めながらボンヤリと考えた。タバコの煙は、どこかセンチメンタルな気分を呼び起こす。

席を立ちレジでお金を払っていると、奥にもう1台、テーブル筐体があるのが見えた。こちらも同じ種類のようだ。
店員さんに一言断って写真を撮らせてもらい、お礼を言って店を出ようとすると背中越しに「午後もがんばってください!」と声をかけてくれた。
どうやらお決まりの挨拶のようだったが、それじゃひとつ頑張ってみるかという気分になった。
純喫茶もくもくとカフェ&バー NEW FLAGの外観です

 

 

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著者紹介
さらだばーむ

目も当てられないほど下手なくせにずっとゲーム好き。
休日になるとブラブラと放浪する癖があり、その道すがらゲームに出会うと異様に興奮する。
本業は、吹けば飛ぶよな枯れすすき編集者、時々ライター。

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