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【出張買取】任天堂のゲームを堪能できるテレビゲーム15やファミコンボックスなどを群馬県太田市より買い取りいたしました。

任天堂といえば日本国内だけでなく世界的に有名な企業で、「ファミリーコンピュータ」「ゲームボーイ」「ニンテンドーDS」「ニンテンドーSwitch」などのゲームマシンは誰もが知っていることでしょう。
もともとは花札やトランプの製造メーカーだったこともご存じの方が多いと思います。
(なお、今でも花札やトランプは製造され続けています)

 

今回、群馬県太田市よりお譲りいただいたのは、その任天堂がはじめて家庭用のテレビゲーム機として発売した「カラー テレビゲーム15」と「カラー テレビゲーム6」をはじめとするマシンたちです。
任天堂テレビゲームの世界を席巻していく初期の貴重なアイテムですね。
ちなみに、数字の部分はそれぞれ「フィフティーン」「シックス」と英語読みするのが正式名称です。

この「15」、もともと三菱電機とシステックという電卓メーカーが共同開発していたものだったりします。
ところが、製品の発売前にシステックが倒産してしまい、宙に浮いた企画が三菱電機から任天堂に持ち込まれ、日の目を見ることになった…というものです。

当時の家庭用ゲームマシンといえば、じつはエポック社が1975年に「テレビテニス」をリリースしていて、すでに家庭用テレビゲーム機の市場をリードしていました。
そこで任天堂が選んだのは、値段で勝負する低価格路線なのですが、エポック社の「テレビテニス」が20,000円なのに対して、「15」は15,000円でした。

……そんなにお得感はないですよね?

そこをうまくフォローしたのが「6」の存在です。

「15」で遊べるゲームの数(その名のとおり15タイトル)を6タイトルまで減らし、本体のつくりも徹底したコストカットをはかった「6」は9,800円でした。
「テレビテニス」の半額以下という価格設定は非常にインパクトが大きく、任天堂の家庭用テレビゲーム機に世間の注目が集まりました。

また、5,000円追加すれば倍以上のタイトル数が遊べる「15」がお得なものに感じられるだろう…という狙いも見事に当たり、「15」は「6」を上回る人気になり、「テレビテニス」を越えるヒット商品として売れました。

この成功がキッカケとなって、任天堂は家庭用テレビゲーム機の開発に本格的に取り組んでいくことになります。

 

一番下に見えている「レーシング112(1978年発売)」は本体に大型のハンドルが取りつけられたタイプのゲーム機で、レースゲームが112通りのバリエーションで遊べるというのがセールスポイントでした。ただ、ゲーム内容の変化は乏しく、あまり人気が続かなかったと言われています。

「15」の隣にある「ブロック崩し(1979年発売)」は今でこそクラシックですがアタリが「ブレイクアウト」ではじめて提示したこのゲームスタイルはとても斬新でした。
これはブレイクアウトの人気を家庭用にも…と開発されたもので、初めて任天堂が自社開発したゲーム機でもあります。
(そのために開発に時間がかかり、販売時期が遅れてしまったとも)

このようなゲーム機たちを経て、歴史的ゲーム機「ファミリーコンピュータ(1983年発売)」や「ゲームボーイ(1989年発売)」が誕生していくわけですね。
今回、任天堂の初期テレビゲーム史が凝縮されたコレクションをお譲りいただいて、非常に壮観です。

 

じつは家庭向けに販売されたハードだけでなく、旅館やホテル、レジャー施設などに販売された「ファミコンボックス」もセットで買取させていただきました。
お金を入れることでジュークボックスのように好きなゲームを一定時間楽しめるという仕掛けの機械で、当時のファミコンが社会的にどれほど大きな影響をあたえたかがわかりますね。
共同開発したシャープによる「ファミコンステーション」も中身まったく同じ機械なのですが、外見上のちょっとした違いに加え、メニュー画面に表示されるロゴが「Nintendo」ではなく「SHARP」になっているといったアレンジもあり、コレクター的にはこの変化が見逃せないポイントですね。

 

BEEPではレトロなゲーム機本体やソフトはあたりまえ、周辺機器などにもしっかりと価値を見出し、買い取りいたしております。

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ご整理される際にはどうぞお気軽にご相談くださいませ。

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